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活動領域の重なりが大きいお二人ながら、意外なことにこのトークショーが初めての顔合わせだった『激動の時代のコンテンツビジネス・サバイバルガイド』刊行記念「小林啓倫氏×山本一郎氏トークショー─プラットフォーマーや海賊行為にやられっぱなしの出版・音楽・映画産業で働く皆様に贈る処方箋、またはレクイエム?!─」(2019年11月25日、八重洲ブックセンター本店主催)、イベントレポートをお届けします。
このトークショーの直前にヤフーとLINEの経営統合が発表されるという話題性もあり、多くのオーディエンスにご来場いただきました。
あまりにヤバい話は泣く泣くカットいたしましたが、両社合併の裏話や、この本の刊行後のプレイヤーたちのフォローアップ、個人情報の利活用など幅広く話題が展開されたトークショー、できるだけそのままでお届けいたします。

(文責:白桃書房編集部)

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小林啓倫氏・山本一郎氏ツーショット

トークショーの口火を切ったのは解説を担当された山本氏で、お二人の著者とはいろいろな所で縁もあり、このような本を出すということは事前に聞かれていたそうですが、まさか小林さんが訳をなさるとは思っておらず、解説執筆の依頼をいただき驚かれたそうですが、非常に光栄だったとのことです。
そして翻訳を担当された小林氏より、本書の概要の説明をいただきました。今回は山本氏とのトークの時間を長くするため、以前にデジタルハリウッド大学で行った本書に関する講演の短縮版という形でした。その書き起こしはこちら(前編後編)。
それに引き続き、山本氏のトークが始まりました。

─ヤフーとLINEの経営統合、その裏話─
山本氏:この講演の数週間前、極めて大きな話題となったヤフーとLINEの経営統合の発表があり、まさに本書『激動の時代のコンテンツビジネス・サバイバルガイド』に相応しい題材になったと言えます。

ヤフーとLINEはユーザーへのリーチが非常に高く、携帯キャリアは3社プラス楽天とほぼ匹敵するくらいの8000万人台と、非常に大きなマーケットを持っています。特にLINEを日常的に使っている層はまさにユーザー層で、5000万人以上を抱え、もはや生活に欠かせないサービスになりました。ヤフーも、アクセスするデバイスがPCからスマホ、アプリへという大きな変化があったにもかかわらず、ずっと日本のインターネット界に君臨してきました。

ただし両社がこれだけ大きなユーザーベースを持っていても、実際問題として金融事業やショッピング、動画配信またコンテンツビジネスなど、収益に直結する事業を順調に経営できているわけではなく、あくまでもその裏側で動いているものが強いのに過ぎないので、彼らのユーザーベースを使った広告事業など「動員」でいろいろな会社がヤフーに参画し、みんなが儲かるというエコシステムを作る必要があります。

一方LINEは、韓国の会社ネイバーが70%株式を持っており、彼らはLINEが日本の会社で日本で東証一部上場したと言っていますが、基本的には韓国資本の企業です。トップの慎ジュンホさんは、日本のサービスをより良くするにはどのような努力をすればよいかを模索するような方だったので非常に信頼されてきました。一方でLINEの、事業としての次の展開については困ったところにありました。これだけ愛されるサービスを実現している割には、収益に直結させることができる事業が次々と興せるという状況にはなかったのです。

もちろんSNS的な機能を持つメッセージングアプリとしては、本当に優れたビジネスやサービスを展開しています。しかし金融事業やLINEモバイル、またLINEのクーポンを実際に使っている方はどれだけいるでしょうか。ユーザーに対してモノや情報を届けられるという点において非常に強い会社であるにもかかわらず、それをお金にする力が非常に弱い会社だと思います。1~9月期で339億円の赤字を出している会社に1兆800億円の時価総額がついています。このような状況の会社なら時価総額で見て明らかに過剰な評価をされていて、売るのは当然です。

今回の件は一見、突然降って湧いたように見えますが、実際にソフトバンクグループがLINEを買収する意向があることは2014年に既に報じられています。朝鮮日報やチャイナデイリーにも出ましたが、元から興味をもって、ずっと交渉してきたのではないかと想像します。

結果的にソフトバンクグループが比較的長い時間をかけてコミュニケーションを取る中で、川邊健太郎さんと出澤剛さんというお二人がたまたま上にいて、ある程度、お膳立てのある中で経営統合の話ができて合意に至ったというのが実際ではないかと思います。

しかし、この先、この統合にどのような市場性があるのかについては非常に曖昧な評価をせざるを得ません。お互い、収益は金融事業や広告事業などで取っており、お客さまのユーザーベースなどもかなり重複しています。これらを統合してそれだけの事業のパワーが生まれるのかについては非常に曖昧です。またLINEとヤフーを合わせれば日本の人口の1.5倍くらいのユーザー数になると一部報道が出ていますが、例えばヤフーのアプリとLINEのアプリを併用している人はかなりの割合で重複し、単に今までの事業の延長線上でビジネスをするという話になるならば、それほどのパワーにはならないのではないかと思います。

ただしQRコード決済や、Yahoo!ニュースとLINEニュースからの入り口のシェアは非常に高くなります。この後さらに上積みがあったとすると、二社で5割近く取るのではないでしょうか。そうなると、独占禁止法の対象になってくる可能性も否定できないと思います。

それに加え、利用規約の承諾をお互い個別に、パラレルに取っているものをどう統合していくのかということ、Yahoo!の名前を米国本社から借りてロイヤリティーを払う形で運営していること、技術は米Yahoo!のものを使っており、その入れ替え等いろいろな制約があります。具体的にサービス統合していくのは2022年度からになると思いますが、それまでお互い笑顔でいられるか、何とも言えません。2020年の秋口までには具体的な経営統合のプランが出るとされていますが、公正取引委員会がどんな結論を出すのかはまだ詳しくは分かっていません。

一番怖いのは、発表会のプレゼン資料に書かれていた、米・中のプラットフォーマーたちに比べていかに小さく、設備投資ができておらず、研究開発が少ないかということです。時価総額も3兆円しかありません。米国A社が96兆円くらいあるのに対し、30分の1です。

さらに、米国や中国のプラットフォーマーたちは各社ともクラウド事業をしており、対コーポレートの仕事をたくさんしています。一方ヤフーやLINEがしているコーポレートの仕事は広告事業が7割5分くらいで、クラウドはどうだったかというとヤフーのファーストサーバは運用していたデータの消失が2回起きて解散、LINEは旧ライブドアでデータホテル事業をやっていましたが、NHNエンタテインメントに売ってしまいました。

両社とも対コーポレートのビジネスは全て売って成長の芽を切り、コンシューマー向けのアプリや広告など、ユーザーデータを取るための準備に特化してきました。本書にもあったように、データを使ってドライブし、コンテンツを売って収益を上げていく、もしくはそれに近い形できちんとサービスを構築しているにもかかわらず、その機会を全て捨てて結婚しました。それに将来性があるかどうかを考えると、祝福はなかなか難しいでしょう。相思相愛であったとしても、似たような事業、同じマーケット、微妙な資本構成、過大な時価総額といった条件を並べてみれば、本当は他に狙いがあったのではないかと思う人たちが出るのは当然でしょう。長い目で見て日本のコンテンツ業界や、ファイナンスの世界の人たちが、彼らを常に好意的に見られるような環境でいられるのかは疑問です。

ただ、非常に優秀な技術者もいますし、真ん中よりも下の世代の人たちは、会社を大きくするということや海外に出ていくなどいろいろ言っていますが、現在、ヤフーとLINEを合わせて概ね過半が日本市場からの売り上げです。これをさらに野心的に、海外の競合に対して互角に戦えるプラットフォームとして頑張るというようなところまでいけるのかというと、もう一回か二回、買収をしないと駄目です。恐らくそこに、彼らにとっての大きな一歩があるのではないかと思っています。

それができなければ、手持ちの事業を磨いた上でディールをするのだろうと思います。そしてその売り先は恐らくアリババだと思います。なぜなら、Googleはヤフーを要らないと言っているし、他に欲しい会社があるとすると、アリババくらいだろうからです。

今回、ヤフーもLINEもQRコード決済サービスを持っていますが、ヤフーが実施している『PayPay』は、ロイヤリティのかかるヤフーブランドを外し、その中の実装部分はアリババが提供している『AliPay(アリペイ)』のクローンであることは知られています。ヤフーとLINEの持つ広告や検索、決済などの日本人のデータを一番欲しているのはアリババグループであることは間違いありません。

そして何より、今回経営統合の場となっているZホールディングスは現在、ソフトバンク社(旧ソフトバンクモバイル)の連結子会社で、その上には11兆円のビジョンファンドを集めようとして失敗しつつあるソフトバンクグループがあります。もはやネット検索やメディア事業での成長性が乏しいヤフーが高い評価額で売れるのならば早々に切り離してキャッシュが欲しいという考え方はあるでしょう。いわば高く売るための黒毛和牛のように、LINEとの経営統合を華やかに発表しましたが、それだって大量の資金を投入しなければGoogleやAmazonといった海外のプラットフォーム事業者のような3兆円もの研究開発費を捻出できるようにすることなど不可能です。日本市場にしがみついていても、なかなか明るい展望が拓けないのはやむを得ないので、今回はヤフーとLINEを売るつもりでこのようなディールを組んでいるのだろうと思いながら見ています。

小林啓倫氏×山本一郎氏トークショー後半に続く

5/29~6/11まで『激動の時代のコンテンツビジネス・サバイバルガイド』Kindle版が紙版の半額でセール!

『激動の時代のコンテンツビジネス・サバイバルガイド』書影 マイケル D. スミス・ラフル テラング 著
小林 啓倫 訳
山本 一郎 解説
出版年月日 2019/06/26
ISBN 9784561227298
判型・ページ数 四六判・280ページ
定価 本体2500円+税