本記事は、2019年7月25日、デジタルハリウッド大学駿河台キャンパスにて開催の「デジタルハリウッド大学[DHU]メディアライブラリー主催 『激動の時代のコンテンツビジネス・サバイバルガイド出版記念セミナー』」を文字起こししたものです。
はじめに
お集まりいただきましてありがとうございます。それから、イベント開催していただきましたデジタルハリウッド大学関係者の皆さま、ありがとうございます。『激動の時代のコンテンツビジネス・サバイバルガイド』という本を翻訳しました小林啓倫です。Twitterは@akihitoです。ご自由にフォローなり、ブロックなりしてください。あ、いやブロックはしないでください。
本職はコンサルタントとして働いているのですが、その業務の傍ら本を書かせていただいたりですとか、あとはこういう翻訳をお願いされることがありまして、本当にありがたいことなんですけれども、今回も白桃書房さんの担当の編集者の方からお話を頂きまして、翻訳を担当いたしました。
本日は、本書の概略のご紹介と、あと、私も一読者として楽しんだ身で、語り切れない内容がありますので、私が読んでいて本当に面白かったなと思った部分をごくごく簡単に紹介した上で、本書の内容に特にとらわれずに、コンテンツビジネスの将来ということについて、特にデジタルハリウッドの皆さんには、まさにこの辺りが関心領域のど真ん中だと思いますので、皆さんからもいろいろとご意見というか、ご感想を伺えればいいなという風に考えています。
では早速、内容を見ていきたいんですが、この本のタイトルは『激動の時代のコンテンツビジネス・サバイバルガイド』なんですけれども、原著の方はちょっとしゃれが効いたタイトルになっていて、『Streaming, Sharing, Stealing』です。コンテンツの本でこのタイトルだったら、大体何を意味しているかって分かると思うんですが、Streamingはストリーミング配信のストリーミング。Sharingは共有、ユーザー同士でいろんなものを共有していくSharing。それからStealingは海賊版に代表されるような、盗んで見るっていうようなさまざまな行為、そういったものがコンテンツビジネスっていうものにどう影響してるのかっていうところを、Sで統一しているのですけれども、日本語では、やっぱりちょっとうまい駄じゃれというか、しゃれのタイトルが思い浮かびませんでしたので、ちょっとど真ん中で、人に分かりやすく『激動の時代のコンテンツビジネス・サバイバルガイド』としてあります。
ただ、一つ、原著の副題に注目していただきたいんですけれども、『Big Data and the Future of Entertainment』。ビッグデータっていう言葉が使われていることからも分かるように、この本、データに基づいた分析を多数行っています。この講演を始める前、モデレーターの橋本大也先生とちょっと雑談をしていたんですけれども、特にコンテンツ業界の話題って、結構、ふわっとしたディスカッションで終わってしまって、例えば、最近も漫画村とか、ああいう海賊版サイトが出版にとってプラスかマイナスかっていうところをすごくディスカッションするんだけれども、すごくふわっとした印象論で考えられてしまっているだけで、お互いが言いたいことを言い合って終わるっていうようなことが結構あると思うんですけれども、この本はビッグデータって銘打っているぐらいなので、そのデータに基づいて、いろんな議論があるけれども、私たちが集めたデータを分析したところ、こういう結果が出ましたっていうのに基づいて、非常にエビデンスベースで議論を展開してくれているので、非常に説得力もある。それが一つ、本書の売りかなという風に思っています。
著者は、マイケル・D・スミスさんとラフル・テラングさんという2人なんですけれども、カーネギーメロン大学の先生です。米国の大学に詳しい方だと、カーネギーメロン大学って聞いた瞬間に、ん?と思われると思うんですよね。コンテンツビジネスとか、メディアビジネスっていうと、ニューヨーク大学とか、ハーバード大学とかの先生が書いたのかなと思いきや、カーネギーメロン大学。工学系で非常に有名な大学なんですけれども、最近だと土木などで有名なので、工学系の先生が何でこんな本を書かれたのかなって、最初に出版社の方からお話を頂いたときに、そこがまず気になったんですけれども、読んで本当に納得しました。先ほどの話の繰り返しになるんですが、データに基づいた分析をされていて、非常に理路整然とコンテンツビジネスの将来について、根拠をもって語られているので、それでこの肩書も納得かなという風に、翻訳が終わった今では感じています。
実は日本語版の本にはもう一つ、スペシャルコンテンツがありまして、あの山本一郎さんに日本語解説を書いていただいています。日本語解説のタイトルとして、「日本のコンテンツビジネスにも押し寄せるデジタルディスラプションの荒波―変わらないのは、変わり続けるということ」ということで、非常に示唆に富んだ文章を寄稿していただいておりますので、日本の皆さまにはぜひ、山本一郎さんのコンテンツも楽しんでいただければなという風に思います。
コンテンツビジネスにとって「現代は最高の時代であり、最悪の時代でもある」
この本を読み始めると、冒頭に、非常に印象的な言葉が出てきます。コンテンツビジネスというのは、この本の中では、音楽・映画・出版っていうのがメインの三つの領域なんですけれども、これらの業界にとって、「現代は最高の時代であり、同時に最悪の時代でもある」ということを言い切っています。
最高の時代とはどういう意味か。例えば、音楽でいうと、インディペンデント活動です。日本でも結構、いらっしゃいますよね。ヒャダインさんなんかもインディペンデントから出たと言っていいのかもしれないですけれども、個人で面白おかしくやっているのが、だんだんビジネスになっていったっていう方々ですとか、あるいは、映像系ですとユーチューバーですよね。本当、今、HIKAKINさんとか、いろんなユーチューバーの方々が、実際にそれを職業として出るようになってきていたりだとか、あとは自費出版ですね。私自身もキンドルを通じて、セルフパブリッシングということで、もう2、3年ぐらい前ですけれども、実際に出版させていただいてそれなりのお金が入ってきたりするので、出版社を通さなくても、デジタルコンテンツをキンドルのようなプラットフォームを通じて読者に直で販売することができるっていう時代になっているんだなっていうのを実感しています。
ということで、こういったさまざまなクリエイティブ活動っていうのが自由にできるようになった。イコール、クリエイティビティの黄金時代、新しい娯楽の選択肢が現れるようになってきてますよね、というのをまず一方で言っていて、最悪の時代って何かというと、ここまでの話は全て消費者から見た話だと思うんですが、やっぱり既存のコンテンツのビジネスプロバイダー、コンテンツビジネスの企業、コンテンツプロバイダーですね。彼らにとっては競争ルールの変化への対応が求められている。今までは本を、取次(編注:出版物の問屋)を通じて売れば良かった。ところが先ほどみたいなキンドルという、著者が直でも売ることができるプラットフォームが出てきて、競争のルールが変化した。
また、コンテンツの支配力の低下ということで、これもキンドルでいうと、今までは出版社って作家さん、あるいは、大学の先生なんかとコンタクトを取って、そこからコンテンツを提供してもらって、それなりにコントロールをして市場に出せば良かったのが、直にいろんな人たちがコンテンツを市場に出せるようになると、既存のビジネス、既存の企業が持っている、コンテンツに対する支配力というものも低下します。
プラス、その逆ですね。本書の中では下流っていう言い方をしてるんですけれども、上流でコンテンツを支配する力が弱まってきたのに加えて、それと同時に下流の方でも消費者に何を提供するかっていうものを支配する力が弱まってきている。これもキンドルの例で言うと、今までは取次を通じて書店を押さえていれば、消費者に対して何を提供するかっていうのがある程度コントロールできたものが、ダイレクトにインターネットを通せば直で消費者というものがコンタクトできるようになっているので、消費者に対する支配力というものも低下している。
なので今、既存のコンテンツビジネスプロバイダーに何が求められているのかというと、従来のビジネスモデルのままでいくのか、あるいは、新しいビジネスチャンスを模索していくのか。既存のビジネスモデルだと、なかなかうまくはいきませんよというメッセージなんですが、新しいビジネスに乗り込むにしてもなかなか大変ですよと。なぜかというと、後から説明するように、プラットフォーマーと言われるような、新たな巨大な存在が出てきたことによって難しくなったという話なんですが、要は、コンテンツプロバイダー、既存の企業にとっては、最悪の時代になってますよと。恐ろしいのが、両方、最高と最悪をもたらしているのが、同じテクノロジー、デジタルテクノロジーによって引き起こされているということで、技術的な変化というのが、自分たちにとってプラスにもなり得るし、マイナスにもなり得るということで、非常に複雑な状況になっているというのが、まず前半で語られます。
ネットフリックスはどうやって成功したのか?
この辺はすごく抽象的な話ですが、概念的にも皆さん、実感されてるかなと思うんですけれども、例えば1章で『ハウス・オブ・カード』の事例が語られます。私も何年か前から、ビッグデータ系のイベントに登壇させていただく機会が何度かあったんですけれども、よく『ハウス・オブ・カード』の例を出して、データ分析ってこんなにすごいんですよって話をさせていただいてきていて、本書でも『ハウス・オブ・カード』の事例が登場します。『ハウス・オブ・カード』はネットフリックスで配信された、ネットフリックス・オリジナルのドラマで、最近だと、ネットフリックスとか、あとアマゾン・プライムとか、デジタルコンテンツプロバイダーが自社のコンテンツを作るのはあまり不思議じゃない、当たり前みたいな話になってきてますけど、コンテンツプロバイダー、新しいデジタルコンテンツプロバイダーが、オリジナルコンテンツを作って大ヒットしたっていうものの、その先駆けみたいな例です。ケヴィン・スペイシーさん、この作品の主演、製作総指揮陣の一人だったのですが、非常にヒットして、エミー賞などいくつか賞を取っています。
この『ハウス・オブ・カード』、先ほど申し上げた通り、結構、データ分析の成功事例として紹介されることが日本でも多くて、私自身もこの本を読むまでは結構、データ分析の成功例として理解していたんですが、それだけじゃないというのが、本書の中で語られます。
まず今回、MRCっていう独立系の映画会社が原作の権利を買ったんですね。この原作はBBCで放送されたドラマになっていて、それを面白いと評価したMRCが映画の原作の権利を買って、それを焼き直して企画を作って、パイロット版を作りましょうと。パイロット版っていうのはご存知の方も多いと思うんですけど、この先を作りたい、こういうコンテンツを作りたいっていうときに、テスト版みたいなものを作って1、2本流すんですね。
アメリカにいらっしゃったことがある方は結構目にしたこともあるかと思うんですが、チャンネルをつけると、見たこともない映画というか、テレビドラマみたいなのをやってて、これ、面白そうだなと思うと、1話で終わっちゃって、あれ、面白そうだったのにっていうと、実はパイロット版で、あまり受けが良くなかったから続編が作れなかった、みたいなのがあるんです。いずれにしてもテスト版を作って、実際に放映してみて、その反応を見てやるかやらないかを決めるっていうのが、アメリカの映像系のコンテンツの中では割とスタンダードとして行われていることなんですけど、大体1本作るのに500万~600万ドルぐらいかかるらしいんですね。日本円にすると5億円か6億円ぐらいのお金がかかるので、テスト版とはいえどもなかなか、そうおいそれと作れるものではない。
で、このMRCっていうのが、パイロット版作りましょう、脚本も書いたので、これで1回作らせてくださいという風にテレビネットワークに持っていくんですけど、Aが駄目でした。じゃあBに持っていこう。Bも駄目。Cも駄目って言われる。テレビネットワークは何て言ったかというと、政治ドラマはヒットしないと。
『ハウス・オブ・カード』って言い忘れましたけれども、もうどろどろの政治ドラマなんです。政治ドラマって本当、好きな方は大好きだと思うんですけど、多分、興味がない方は一切興味がない。本当に権力闘争だとか、どろどろしたアメリカの大統領の周辺の、本当にストレートな政治ドラマなんですけども、過去にはいくつか政治ドラマってやっていたわけですよね。でも、やっぱり時代が変わって、あまりヒットしないっていうのが、彼らの感覚としてあって、どこのテレビネットワークに持っていっても、過去の経験、勘に基づいて駄目だと言われる。
よし、ネットフリックスっていう新しいデジタルコンテンツのプラットフォームができたので、彼らのところへ一度行ってみようと言って、話を持ち掛けたら何て言ったかというと、ぜひやりましょうと。なぜかというと、私たちはデータを持ってますと。コンテンツのプロバイダー、デジタルコンテンツプロバイダーなので、ネット上ではこうだというデータを彼らは全部取っていて、この辺はビッグデータのいろんな解説本で読まれた方もいらっしゃると思うんですが、視聴者の一挙手一投足が拾えるというので、ケヴィン・スペイシー主演の政治ドラマはきっとヒットするでしょうということで、やりましょうと言ってくれた。
で、ヒットにつながったんですが、この本で言われているのは、まず、パイロット版だけじゃなくて、シーズンワン、ツーもそろえて、全26話分の制作費、前払いで1億ドルぽんと出してくれました。1本500万ドル、600万ドルくださいってお金の話をしてたのが、ネットフリックスがいきなり1億ドル前払いしてくれて、これで26話作れると。パイロット版うんぬんは作らなくていい。パイロット版はテストするためのものだけど、俺たちのデータからすると、この作品はヒットするって分かっているから全部出すって言って、がんと出してくれた。さらに、彼らは何をやったかというと、1シーズン、全13話同時配信ということをやりました。これ、もう今、当たり前といえば当たり前で、僕もいろんなアメリカンドラマ、僕はネットフリックスを避けてるわけじゃないんですけど、アマゾン・プライムを契約してて、結構、アメリカのドラマ見て、一気見しちゃうこととかあるんですけど、結構、楽しいですよね。13話全部あると、全部一気見してしまいがちです。実際に『ハウス・オブ・カード』の場合にも、やっぱり一気見した人が多かったらしくて、セカンドシーズンを一気見をしたのは67万人だとされます。これ、多いのか少ないのかっていう話なんですが、当時 のネットフリックス全ユーザーの2パーセントに相当する数字ということで、まあまあいい数字なのかなという風に思っています。
26話一括制作ができると何がいいのか。さらにいうと、この1億ドルは何がいいのかというと、まず、ユーザーにとっては、自分の好きなときに好きなスタイルでコンテンツを楽しめるようになりました。特にネットフリックスってデジタルプラットフォームなので、別にテレビをつける必要がないし、タブレットを持っている人はタブレットから見られる。しかも、全13話同時配信ができる。今もいくつか面白い連ドラをやっていて、来週の『いだてん』どうなるのかな、みたいな楽しみもあるにはあるんですが、ただ、やっぱり、一挙にいつでも見れますよというと、全部一気見しちゃってもいいし、少しずつ見てもいいしっていうことで、好きなスタイルでコンテンツを消費できるようになります。
プラス、クリエイターにとって新しい創造上の自由を手に入れることになりました、と解説されています。どんなことかというと、要は26話を一気に制作するので、しかも全13話を同時配信するので、全体の流れっていうのを踏まえた上で、脚本を書けるっていうことらしいんですね。特にテレビドラマだと、1週間ずつで放送されるテレビドラマだと、前半のブロック、2、3分ぐらいに、前回の振り返りが入るじゃないですか。最近も日曜に人が殺されるドラマをやってますけれど、あのドラマも大体、最初の冒頭2、3分ぐらいは前回の振り返りで、そうだった、こんなことあったねっていうのを思い出してからやるので、例えば、全13話、ワンシーズン、ツーシーズン、26話作ったとしても、正味でいくとかなり削られちゃう。ところが、全13話同時配信を前提にしているので、別にそういうつなぎとかを気にしなくていい、忘れた人はきっと見返すだろうから。なので、全26話分の時間を全て突っ込んで、かつ全体の流れが統合された形で、脚本を書くことができるっていうような、クリエイターにとっては非常にいろんなことが試せて、あと、いろんな伏線も張りやすいし、非常にやりやすい環境ができたんですよということを解説をしています。
ちょっとまとめます。この本の『ハウス・オブ・カード』論では、ネットフリックスのプラットフォームとビジネスモデルが優位性を確立した例ですよという風に言ってるんですが、ここで注目してほしいのは、プラットフォームっていうのはイコール、テクノロジーと置き換えてもいいのかなと思うんですが、要は、『ハウス・オブ・カード』の成功って、テクノロジーがすごかったからだけじゃなくて、テクノロジーに基づいて新たなビジネスモデルを確立したのがすごかったんですよ、という言い方、解説の仕方をしています。
どんな優位性かというと、あるコンテンツの可否を判断するための新しい方法。これは、先ほどから申し上げているような、データ分析、ビッグデータに基づく新しい知見のあり方ということでしょうか。コンテンツを配信する新しい方法もそうですし、コンテンツを宣伝する方法、先ほどはちょっと端折っちゃいましたけど、例えば私のような40代男性にこの『ハウス・オブ・カード』を売り込むとしたら、政治ドラマ好きな人が多い世代なので、本当にどろどろしたところを打ち出すとか、あるいは、30代、40代女性だと、ケヴィン・スペイシーのかっこいいシーンを集めたCMを作るだとか、そういったふうなCM自体もカスタマイズをして配信することができると、そんなことを言っています。
それからコンテンツ制作における、新しく、より制約の少ないアプローチ。脚本家に対する創造面での自由を提供。また、海賊版に対する新たな手段っていうのは、海賊版って別にお金が安いからとか、無料で見られるからだけでみんな見てるわけじゃなくて、例えば、皆さんよくあると思いますが、連ドラを1週見逃しちゃったとか、あるいは新しいシーズンのドラマが始まって、これ、どうしようかな、視聴しようかな、でもいいやとか、あるいは、忙しかったので、1話見なかったと。ところが、それがすごく話題になったので、やっぱり見たい、でも、あと1週間待たないと配信開始にならない、どうしようかなと思うと、大体ユーチューブで配信されているので、海賊版でも見ちゃうっていうのがあるんじゃないでしょうか? ただ、このネットフリックスの場合だと、別にユーチューブを見に行かなくても、ネットフリックスで契約しておく必要はありますけれども、見に行けばいつでもあるので、別に海賊版を探さなくてもいいですよというのが、対抗する新しい手法と言えます。
あと、コンテンツをマネタイズする新しくより効率的な手段っていうのは、これはバンドルのことですね。アラカルト方式で、これを買って、あれを買ってという個別のコンテンツを購入してもらうのではなくて、ネットフリックスに入ってさえいれば、何から何まで全部楽しめる。新しい、バンドルっていう形で、マネタイズすることができるようになりましたっていうような話が入っています。
コンテンツビジネスを襲う巨大な嵐
なので、単純に新しいテクノロジー、デジタルテクノロジーがやってきたからいろんなものが壊れているんですよという話じゃなくって、それ以外にもいろんな要素が組み合わさって、今、業界の激変が起きてるんですよという説明をしています。それも、象徴的な言葉で例えてるんですけれども、パーフェクト・ストームという言い方をしています。この本、言い忘れましたけれど、タイトルからして、『Streaming, Sharing, Stealing』っていうように、Sで韻を踏んでるような、ちょっとしゃれが入ってるような本っていうところからも分かるように、実は原著の部や章のタイトル全て、過去のいろんな映像作品とか、音楽作品のタイトルとか、せりふをもじったものがいろいろ載っています。日本語はちょっといろいろ権利関係とか、確認の関係で、再現できたものとできないものとあります。
それで、4章のタイトルが『パーフェクト・ストーム』ということで、この『パーフェクト・ストーム』っていうのは、これ、映画化もされたし原作もあって、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、漁の帰りのある嵐の晩にひどい目に遭うという話なんですけれども、漁師さんたち、何でそんな嵐の中を突っ切ろうとしちゃったかっていうと、嵐の中でもある程度自分たちは経験がある、嵐は来るけれど、いつもの嵐だろうから大丈夫だろうと言って進路を取ったところ、実はその嵐がパーフェクト・ストーム、幾つかの気象条件が合わさったときに出現する、「完璧な嵐」だったと。それでやられちゃったっていうことを言っている。要するに、このパーフェクト・ストームっていうのが今、デジタルコンテンツの業界に起きてますよと。単なるテクノロジーの変化だけじゃなくって、いくつかの変化が合わさってますよ、ということです。
どんな嵐かっていうのが説明されるんですけれども、例えばっていう形でいくつか例が出ています。一つは技術革新の嵐ですね。アナログのメディアか、デジタルのメディアか、などなど。ただ、技術革新の嵐は過去にも起きてましたよねっていうのを、この本は思い出させてくれます。例えば、音楽業界、昔、レコードっていうのがあって、私も33回転とか、そういうことが分かる世代なんですが、そういうものからCDになっていってっていうところです。音楽配信によって業界は随分変化しているようですけど、レコード、レコードからCD、MDっていうところでも技術革新が起きていました。でも別に音楽配信が始まる前は、レコード業界ってそんなに変わってないですよね。単に技術革新が来ただけだと、乗り越えられる場合もある。レコードからCDになったときに特に変化が起きなかったように。
他の嵐が何かというと市場変化の嵐。物理メディアの販売からネット配信へっていうような変化があったりとか、あるいはビジネスモデル、先ほど申し上げたアラカルト方式からバンドルで売りますよというような方式が始まったりだとか、そういったいくつかの嵐というものが合体したときに、業界全体を壊して次のステージに移るような、完璧な嵐が起きている。そういった嵐を目の前にしたときに、こういうマインド、こういう姿勢であってはいけませんよと。
これも象徴的な言葉として、『パーフェクト・ストーム』の中にいる、登場人物の1人が言っていて、この言葉が非常に訳して面白かったんですが、「自分が無敵だと感じるようになるやつもいるが、そういうやつは自分が見たものと起こり得るものの差が紙一重だということに気付いてやしないんだ」。要は、過去の経験から、こんなもんでしょ、大丈夫でしょ、確かにそういうこと、危険なのかもしれないけど、今までだって大丈夫だったから大丈夫だよというようなことを、単に思い込んでいる「無敵」なやつは、本当は無敵ではない。そういうふうに思い込んでるやつは一番危険だというようなことを諭す言葉として、この本の中でも紹介されているわけですが、裏側の意味は、今までコンテンツビジネスで働いてきた人々、今までコンテンツビジネスの中で成功してきた企業は、こういうマインドになっちゃあ絶対にいけませんよというような戒めの言葉ですね。
じゃあどうすればいいかというところで、一つこの本が指し示してる方向性の一つが、冒頭で申し上げたように、エビデンス、データというものを活用しましょうと。それでナビゲーションしていきましょうという話です。
データが示すコンテンツビジネスの可能性─電子書籍はいつ発売すべきか?
そういう、データ分析でこんなことが分かりました、こういう知見があります、というさまざまな例が紹介されていくのが、この本の魅力の一つでもあって、これからお話ししていきます。まず一つ目、物理版と電子版の発売をどうするか。同時にすべきか、ずらすべきか。これは結構、出版の方々が気にされているところで、本書は白桃書房さんのご尽力もあって、ネット版が紙版よりちょっと早かったと思いますが、ほぼ同時発売ということにこぎ着けました。やっぱり最近は同時出版って多いようですね。昔、キンドル出始めたぐらいはやっぱり、1、2カ月ぐらい遅れてようやく出る、みたいなの多かったと思うんですけども、物理版と電子版の発売って、一緒にすべきなのか、ずらすべきなのか、どうしましょうかっていうのが、業界の中で延々と繰り返されてきた議論で、それに対して一定の答えを出しています。
どうやって分析したかというと、ランダム化比較実験に近いことをやりました。ランダム化比較試験というのは何かというと、この中で科学者、科学系のことをやっている方は当然ご存じだと思うんですが、何か変数があり、独立変数と従属変数、独立変数を変えると、従属変数の中身が変わるという関係なわけですが、独立変数と従属変数というものがあったときに、研究者がやってきて、独立変数の方を操作して、その操作によってどのぐらい従属変数が変わったかという測定をすることで、独立変数と従属変数の関係性とか、影響の度合いというものが分かるようになっていくわけです。今回の場合、電子出版を発売するタイミングをいくつかずらすんです。ある本では同時発売、次の本では1カ月後、次の本では3カ月後みたいな、そういう試験、操作を行っていけば、それによって売上が変わってくるので、なるほど、電子版と物理版を同時に発売したときはこんな結果でした。ずらしたときはこんな結果でしたというようなことができる。単純といえば単純な話です。そういうようなランダム化比較試験というのをできれば結論は得られるわけです。
ところが、これって結構、本当にビジネスやってる企業さんにとっては、なかなかおいそれとできない話で、どんな影響があるのか分からないのに、大事な大事な本を、ある本の電子書籍版は1カ月で出す、ある本は同時発売するみたいな、そんな勝手なことできないよというように言われることが多いでしょう。最近は傾向が違ってきているかも知れませんが、そういうことを言われることがやっぱり多かった。ランダム化比較試験が、ビジネス上の理由からできないということで、それに近いことがあった例を探してきて、それを分析してみましょうということになりました。
どんなことをしたかというと、これ、実は本書から引っ張ってきた表のコピーなんですけども、ある大手出版社とアマゾンの紛争による、キンドル版発売の遅れというものがありまして、このデータを利用しました。どういうことかというと、ある大手出版社とアマゾンの間で紛争になって、俺たちの本、全部キンドルから引き上げるぞっていうふうに言いました。これは2010年の話なんで、今はキンドルから全部引き上げるぞって言ったら、きっと出版社の方がダメージ食らうので、そんなことしないとは思うんですが、2010年当時なんで、よし、分かった、俺たちの本、全部キンドル版から引き上げるからなっていうことになった。最終的に和解をして、販売を再開したんですが、そのときにこんなことが起きました。紛争が発生して、キンドル版の発売を停止しました。停止した後に本がいろいろ出版される一方、2カ月ぐらいの間、キンドル版が出版されなかったわけですけれども、その間も当然ながら紙版の方の出版は続いているので、例えば、今週の本、その次の本、その次の本ということで、次々と紙版の本は出版されている。で、あるタイミングで、和解をして、分かりましたと。この期間に発売された紙版の本のキンドル版をまとめて同時に発売しましょうということで、全てのキンドル版がこのタイミングで発売されました。ということは、そういう試験をしてるつもりは全くないんだけれども、結果的に先ほどのような、ランダム化比較試験と同じようなことが起きてしまった。Aグループはキンドル版発売まで5週間かかりました。Bグループは3週間かかりました。Cグループは2週間かかりました。 Dグループはほぼ同時でした、みたいな実験をしたのと同等のデータが手に入ったので、それを分析しました。
その結果、何が分かったかというと、まず、大部分のタイトルにおいて、電子版の発売が遅れてもハードカバー版の売上には何の影響もなかったそうです。すなわち、どういう解釈をしているかというと、電子版の購入者は紙の書籍を電子版の、電子書籍の代替品としてはみなしていないというふうな結論がどうも導けるんじゃないかと本の著者たちは言っています。いろんな解釈ができるかも知れません。ただ、こういうことが一つ結論としていえるということをデータから導き出しました。
2番目。一方で、電子版リリースが遅れたタイトルは、同時に発売されたタイトルに比べ、電子版の売上が40%減少したそうです。これ、どういうことかというと、これも著者たちの解釈では、電子版を求める消費者は欲しいタイトルが電子版で手に入らない場合、諦めてしまうと。この本、手に入らないんだ、いいやっていうふうに考える。いろんな、もっと深い理由が探れると思うんですが、例えば僕なんかも、仕事で必要な本が出てきます。次のプロジェクトで突然、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション。エクセルなどの定型作業の自動化)のことを調べなくちゃいけなくなったとか、AIのことを調べなくちゃいけなくなったっていうときに、とにかく今欲しい。今すぐこの情報が欲しいというときに、よっしゃ、電子版買わなきゃといって探しに行って、これ面白そう、これなら役に立ちそうっていって、キンドル版買おうとするとキンドル版がないと、え、ないの?と。今すぐに情報が欲しいわけだから、これはいいやっていってパスして、別の本でキンドルの電子版があるものを買ってしまうということもあったりするだろうという、この結論というか、この解釈って非常に納得するものだったんですけど、いずれにしても彼らは、先の話の繰り返しになりますが、とにかくふわっとした結論で終わりがちな議論に対して、いろんな形でデータを集めてきて、それを分析することによって、エビデンスに基づいた議論を展開していく。なので、この話、この試験っていうのは、日本の事例にも適用できるかとか、全てのテーマの本に対して言えるとは、必ずしも言えないと思いますが、一定のデータに基づいてこういう解釈をしてきているというのがこの本の魅力であり、一つ参考にできるものになるかなというふうに思っています。
こういった話って、デジタル版だけじゃなくって、例えば、映画も、映像コンテンツ系だと単に電子版か物理版かだけじゃなくって、例えば、劇場公開した後で、ホテルとか航空機の機内で発表してるといった形で、非常に複雑に、いつ、どのタイミングでどのバージョンを出すかっていうのをコントロールしてるわけですね。それを第2種価格差別戦略 って呼ぶんですけれども、こういった非常に複雑なチャネルがあったときに、どのチャネルでどういうタイミングでコンテンツをリリースするのが収益を最大化できるのかっていうのを、確認していかなくちゃいけない。そのためにはデータに基づいて議論していくっていうのが必要なんですよと。
余談ですけど、実はこの映像系コンテンツのプラットフォームにはいろんなものがありますけど、どのプラットフォームでリリースの仕方を変えることでどのぐらい影響があるのかっていうのも、実際一つのケーススタディとして出てきますので、興味のある方はちょっとこの部分、読んでみていただければなーという風に思います。
【後半に続く】
[『激動の時代のコンテンツビジネス・サバイバルガイド』書籍紹介ページ]
著 | マイケル D. スミス・ラフル テラング 著 小林 啓倫 訳 山本 一郎 解説 |
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出版年月日 | 2019/06/26 |
ISBN | 9784561227298 |
判型・ページ数 | 四六判・280ページ |
定価 | 本体2500円+税 |