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活動領域の重なりが大きいお二人ながら、意外なことにこのトークショーが初めての顔合わせだった『激動の時代のコンテンツビジネス・サバイバルガイド』刊行記念「小林啓倫氏×山本一郎氏トークショー─プラットフォーマーや海賊行為にやられっぱなしの出版・音楽・映画産業で働く皆様に贈る処方箋、またはレクイエム?!─」(2019年11月25日、八重洲ブックセンター本店主催)、イベントレポート後半は、訳者の小林氏と解説の山本氏のトークを中心にまとめています(山本氏によるヤフーとLINEの経営統合裏話を中心にまとめた前編はこちら)。
まず、この本に登場するプレイヤーたちのその後を皮切りにトークが始まりました。小林啓倫氏×山本一郎氏トークショーの様子

(文責:白桃書房編集部)

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─プラットフォーマー栄枯盛衰とその要因─
小林氏:ネットフリックスの競合として、コンテンツホルダーが自社で配信に続々乗り出してきている中、少し前の日経の記事で、ネットフリックスはコンテンツを分析して作っているだけだ、と評されていました。しかし、本書で取り上げられた事例では、2007年にNBCユニバーサルとAppleが戦った時、NBCユニバーサルのコンテンツがiTunesの売り上げの40%とかなり大きい割合を占めているので、いくらAppleといえども音を上げるだろうと予測されていましたが、蓋を開けるとNBCユニバーサルの方が音を上げて1年ほどで帰ってきました。NBCユニバーサルは、コンテンツを引き上げる際、自社で配信プラットフォームも立ち上げていました。構図としては今出てきているDisney+などと同じで、コンテンツを持っている会社が自分たちのプラットフォームを立ち上げたのですが、iTunesはそれに打ち勝ったという歴史もあるわけです。ネットフリックスが負けると決まっているわけではないと思います。

山本氏:ユーザーのデータを多く確保できた順で勝っていますね。ゲームの分野では、ユーザーのベースを持っているSteamが強かったり、プラットフォームとしては結局ソニーや任天堂が強かったりして、なかなか他の外資系の各企業が切り崩しできていないというのが現状としてあるのではないかと思います。ユーザーは、一度つかまれてしまうとなかなか逃げないような気がします。

もう1つ、ネットフリックスはお金を集める力が非常に強く、2シーズン分くらいの予算をまとめて出してくれるというありがたさがある一方、ネットフリックスのコンテンツ投資規約を見ていると、私たちの一番知りたい、どのくらいのお客さまからどのくらいの支持を得て、このようなリターニングレートでした、というようなことをあまりきちんと教えてくれません。

小林氏:本書でもAppleやAmazonなどが、いかにデータをクローズして自分たちで囲い込んでいることに触れています。データ囲い込みの仕組みもノウハウとして持っており、先にプラットフォームを構築した方が、一日の長があるのではないでしょうか?

山本氏:各社で、行動を読むためのモデルが違うのだと思います。例えば、日本はあまり関係ありませんが、英語圏でのニュース配信のシェアでいうと、Facebookが一定の割合を超えてしまったので、これも独占禁止法に触れるのではないかというようなことで、今、公聴会をしています。ユーザーが何を求めているかをより深く分析するためのデータがFacebookに集まり過ぎていて、タイムラインなどをFacebookが勝手に編集してしまうので、気持ち悪い部分があります。

上から順に古くなるわけではなく、Facebookのアルゴリズムでいろいろ操作した並び方になっており、しかも、別の並び方にスイッチングもできません。前に少し流し読みしていたものをもう一度読み返そうとすると、違う人のアップデートが来てしまって全然読めません。あれでむしろユーザーのレファレンス性を下げてコントロールしようとしているというのは分かるのですが、AppleやGoogleは同じようなことをしません。その辺りは会社によって、同じデータドリブンと言いながらも、お客さまに対して提供するエクスペリエンスに関し、プラットフォーマーごとで異なる思想を持ち、違う形で提供しているのだろうと思います。

小林氏:TikTokは、AIを使って個人に対してかなり深いカスタマイズをしますね。

山本氏:ああいったサービスを見ていると、各国のプラットフォーム事業や配信したいコンテンツ、お客さまに経験させたいことをかなり明確に定義し、それに対して整合的にコンテンツが見られるようにしていますよね。日の丸プラットフォームでは、年収数百万円の水準で頑張っている人たちが何となくアルゴリズムを組んで作っているレベルのものだと思います。それをTikTokのようなパワーで回せるようになるには、3桁億か4桁億円くらいの予算をユーザーエクスペリエンスのためだけに使うくらいでないと、太刀打ちできないと思います。もっとも、TikTokはユーザーの情報を内密に中国政府と共有しているのではないかという報道も出ました。どこまでが自由主義的な競争で、どこからが国家間競争なのかというのが分かりにくくなってきています。

ネットフリックスの問題でいうと、お金を集める力がデータドリブン経営の出口だと思います。これだけの人がコンテンツを見るだろうから製作費を出してほしいと言うときに、お客さまの動態を把握した上で、それに対してきちんとした収益の手段があるということを示せることだと思うので、それはDMMと変わらないのではないかと思います。例えば巨乳が好きというようなユーザーの特性に合わせ、デジタル上でデリバリーをするという事業を非常にきちんとしてきました。

コンテンツの貨幣価値の変容とプラットフォーマー
山本氏:かつては音楽を聴くのに、アルバムを買うなら3000円くらいという大きなコストをかけていましたが、動画などのリッチなものが無償、あるいは安価で手に入る中で、音楽にお金を出すというのはなかなか難しくなりました。今の子どもに聞くと、2万曲くらいは持っているけれども、出しているお小遣いは累計で1万円か2万円です。1曲当たりの単価はどうなってしまうのか。

一方で小学5、6年生の間でジャズが流行っていたり渋いものを聴いていたりして、普通に小学生の間でも、過去の名盤が安かったので聴いてみたらなかなか面白いなどということがあるようです。同じようなことが、古いアニメや映画にもあります。あまりお金が使えないからこそ昔のものを掘り起こしてきて、漫画を読んだり昔の音楽を聴いたりするということが普通に起きてくる時代になったのだと思います。

小林氏:私もこれまで、本などを単品で大量に読んで、それが今仕事をしているベースになっていますが、実際に最初からサブスクリプションのようなものでコンテンツを消費するという世代が大人になってくると、また違うダイナミクスが生まれてくるのだろうと思うと、すごく怖いと思います。

山本氏:コンテンツの消費の仕方がコントロールされ、変わってしまうことが非常に重要だと思っています。月決めで見放題だと、面白いところから順に見ていくので、面白いコンテンツを提供し続けるサービスだけが、ネット上の可処分時間を奪っていけるような仕組みが成立します。そこから離そうとしても、別のキラーコンテンツがないとなかなか移ってくれません。

少し前は、洗練されたコンテンツ販売の仕組みを用意して自社のサービスに移ってもらおうというようなことも言われていたのですが、今は、このコンテンツをどうしても見たいのであのサービスにいくというような動きばかりが重視されます。つまり、面白いコンテンツこそが最大の営業ツールであるという話で、例えば『全裸監督』が見たいからネットフリックスを見たいというような人たちが一定の割合で出てくると、それまでの他のサービスの満足はかなぐり捨てて、わーっとみんな話題作の方に集まっていく。しかし『全裸監督』は一過性のもので、一通り見終わるともうみんな見向きもしなくなり、次の話題になるコンテンツへと移っていく。そのようなキラーコンテンツが出し続けられない限りはなかなか厳しいです。

─日本市場の特殊性─
小林氏:日本の市場にはまだDisney+は来ておらず、ドコモと組んでディズニーデラックスでサービスしています。

山本氏:Huluの顛末からは、ディズニーの海外戦略と長年に渡り連携できると思える会社は任天堂くらいしかないのではないように見えます。ディズニーモバイルはMVNO元が旧ソフトバンクモバイルでしたが、ソフトバンクを文字通り切り飛ばしてドコモと組んでいく、そしてそのドコモとの協業も終了を予定しているというジャッジをしている時点で、ディズニーは日本を全然重要なマーケットとして見ていないと思いました。

すなわち英語圏でしっかりとしたエコシステムをつくり、ドラマやアメコミやお姫さまものなど、いわゆるディズニーの傘の下で、オールジャンルでリッチなコンテンツを、ユーザーごとにどのようなボリュームで出していくのかということをかなり設計していると思います。そうすると、極東でよく分からない言語を話している国の会社と一緒に独自のサービスを展開しようとはなかなか思いません。そこは彼ら自身が、マーベル(編集注:アメコミの米出版社。スパイダーマンやハルクなどで著名)を買った辺りから相当意識し始め、このクラスターのユーザーにはどれだけのディズニーコンテンツを消費してもらうかということを緻密に設計しているのだろうと思います。

そうなると、ディズニーが極東でコンテンツ配信事業をやるにあたり、一緒に仕事をしてみようと思うのは、ドコモくらいしかいなかったのではないでしょうか。ドコモはまた高い買い物をすると思いながら見ていました。

小林氏:コンテンツのプラットフォームを普及させていくということには、日本の企業はあまり興味がないのでしょうか。

山本氏:例えばdポイントを使う方法や、イオンのマーケティング部門にドコモが入って取り組んでいることなどは、すごく優れています。一方でGoogleが、この時間帯はこれぐらい混んでいるという予測を出しています。あれは位置情報です。本来なら位置情報をダイレクトに取れないはずのGoogleが情報を提供できています。

我が国では、最初はカルチュア・コンビニエンス・クラブがTポイントカードを各コンビニで使えるようにしたいと頑張り、ファミリーマートなど各社を抱き込んでいろいろしようとしました。決済データと位置データはものすごく重要なので、これを取りに行くということは一番大事なところですが、日本の通信会社はそれをあまりしたがりません。

小林氏:あくまで自分の観測範囲ですが、通信会社に限らず日本企業は、位置データやいわゆる個人情報と見なされるようなものを活用することに、非常に二の足を踏んでいると思っています。
Suicaの事件がありましたよね。そのデータを日立が手に入れましたが、あの時は、どう使うかをあまり明示していませんでした。当然、悪いことには使わないという言い方はしていましたが、具体的に何に使うかは言わず、得られたデータで、例えば駅の中の動線を解析したり、利用率を見たりしていたのですが、批判されました。

当然、本当に匿名化し、個人情報保護法に抵触しないようにデータを手に入れて使おうとしていたのだけれども、蓋を開けてみると、すごく世間を騒がせてしまいました。

山本氏:当時の個人情報保護法では、利用目的を明示せず第三者利用が可能で、さらに突合したら容易に個人が特定できるという状態になってしまったので、それは良くありませんでした。しかし、そこから時代が下り、利用目的の明示とそれに関する周知がある程度できた上で、きちんと第三者利用ができるような座組でやりましょうというのが可能になってから、少しずつ活用の可能性を広げ、今だと、駅で歩いている人の顔認証がその場で取れ、誰がどのような歩き方をしたかで個人を特定するというものも大阪で始まりました。あれが法的にきちんと整理されたものかは知りませんが。確かに日本企業が個人データの利用に二の足を踏んでいるというのはありますが、むしろきちんと二の足を踏み、適正に利活用してほしいです。

今回、ヤフーとLINEの問題が、途中で安全保障の問題だというふうにフェーズが上がったことには理由があります。ヤフーもLINEもQRコードのペイメントサービスを使って決済情報を持ちますよね。決済情報を持つということはその人の信用情報を持つことになるので、それがジャパンネット銀行などと紐付けられているアカウントだとすると、ヤフーやLINEの抱えている情報を紐付ければその人の信用情報が全て一気通貫で分かってしまいます。

それに位置情報が付き、アプリの挙動に合わせてその人の位置情報を常に発信するとなると、例えば、どこかの大企業の人が特定の病院によく行っていて、糖尿病などにかかっているというようなことが分かるなら、保険会社が欲しがるのは間違いありません。データの使い方が適正に行われていたとしても、そこまでのことが分かるようになってしまうのは恐ろしいことです。その対策を、今のGAFA対策の中でどのようにできるのかということが問われてきているのではないかと思います。

うっかりすると本当にいろいろなものを規制しようとすることになるので、それはやめようと言いつつも、例えばGoogleのような超巨大企業は、検索データや動画や、メールの情報や位置情報などから全て分かってしまうので、それが自分の会社の情報だと言ったとすると、彼らは非常に大きなパワーを持つことになってしまいます。それは恐ろしいことです。何も考えずにGoogleカレンダーを共有すると、スケジュールにフレンドの誕生日などが勝手に書かれています。このようなことが平然と起きるようになったというのが実際だと思います。

小林:そのような状況の中で、日本発のコンテンツのプラットフォーマーは今後育っていくのでしょうか?

山本:Yahoo!JAPANと書かれているアプリを、米国人が熱狂してそれをタップしているところなど、考えづらいですね。TikTokのように1アイデアであそこまで上がっていくことはもちろんあるかもしれませんが、それがコンテンツプラットフォームとして若者以外からも多大な支持を受け、一過性のものではないトラフィックの中心に来るかというと、まだそこまではいかないと思います。そこから5年や10年かけて、いわゆるレガシーになっていく過程でブランドが認知され、より信頼されるメディアとして重宝されて定着していくのだとすると、日本は恐らく今はその芽も生えていない、種もなかなか蒔けない状態なので、厳しいでしょう。

もしヤフーとLINEが何かを買いにいくとしたら、海外のそういったコンテンツ配信事業を持っているところを取りにいくのが意味があるでしょう。ただ、そのようなお金はないと思います。

この後、会場からの質問をお受けしましたが、大変興味深いご質問が続き、小林氏・山本氏のトークも盛り上がり、あっという間に終演時間となってしまい2つしかお受けできませんでした。
また、トークショー自体が終わっても多くの方が登壇のお二人を囲んでの歓談等で会場に残られていました。
実は本イベントの盛り上がりから続編も企画していましたが、コロナ禍で当面イベントができそうにありません。しかし今後も本書に関連した発信をしていきたいと考えております。ご期待ください(2020年5月28日記)

5/29~6/11まで『激動の時代のコンテンツビジネス・サバイバルガイド』Kindle版が紙版の半額でセール!

『激動の時代のコンテンツビジネス・サバイバルガイド』書影 マイケル D. スミス・ラフル テラング 著
小林 啓倫 訳
山本 一郎 解説
出版年月日 2019/06/26
ISBN 9784561227298
判型・ページ数 四六判・280ページ
定価 本体2500円+税