『3つの切り口からつかむ 図解中国経済』が出版された。200を超える豊富な図表で中国経済を紹介する労作だ。
こんにち改めて中国経済に注目が集まっているが、報道の多くは不動産バブルや製造業の不振、あるいはITサービスの急成長など断片的なトピックから切り取られていることが多い。その意味で広い視野から中国経済の全体像をつかめる本書は貴重だ。なぜこのタイミングで『図解中国経済』を出版したのか。今、中国を見る時、何を見るべきなのか。著者の三尾幸吉郎・ニッセイ基礎研究所上席研究員に聞いた(高口)。
■まず全体像から中国を知ろう
高口:
『図解中国経済』を拝読しました。第1部の「中国経済アウトルック編」だけでも100を超えるグラフが掲載されていて、中国経済の現状がビジュアルで分かるのがすばらしいですね。私のような中国を専門としている人間にはとても便利な一冊なので、今後はアンチョコとして使わせていただくつもりです(笑)。
三尾:
エコノミストなど専門家に有用な本となるよう努力しましたが、それ以上に中国のことをよく知らない方に役に立つ本にしたつもりです。というのも、中国経済を学びたい人はまず統計で概観をつかむことから始めるべきだと思っているからです。
近年、中国に関する報道量は膨大ですし、関連書籍も山のようにあります。それらをつまみ食いしていくと、「中国って特殊な国なんだ」「恐ろしい監視社会だ」「未来的なイノベーションに取り組んでいるんだ」などなど、さまざまな断片的な情報が飛び込んでくる。そうした情報はウソではないかもしれませんが、非常に偏っていたり、一面的だったりすることがあります。統計的な全体像を把握しておけば、あふれかえる情報を自分なりに位置づけられるようになります。
高口:
確かに全体像が見えていない中国論が多いですね。中国経済はバブルでまもなく崩壊すると説く、いわゆる「中国崩壊論」では、中国は輸出偏重の国であることを崩壊する要因の一つとしていることが多いのですが、中国経済の需要構成に占める輸出の比率は時期によって大きく変化しています。
そういう本を読んで本当にそうなのかなと気になった時、指針を与えてくれるのがすばらしいと思います。『「改革開放」以降の4つの経済転換点』(アウトルック編第2章)の図表9では2017年時点の、図表12では1978年・1993年・2001年・2008年という4つの時期における需要構成のグラフを掲載しています。2008年にはGDPの7.6%は輸出がもたらしていたわけですが、2017年には1.7%にまで急減していることが、すぐに分かるわけです。
(編集注:中国の統計の信頼性についての三尾氏の見解は本書「はじめに」を参照)
三尾:
古い知識のまま中国を語っている人が多いのが問題ですよね。日中関係が良好だった80年代・90年代に中国を訪問された方が多いのですが、その時のイメージのままで中国について語っている。20年前とはもう別世界なのですが。タチが悪いことにそういう方が今では偉くなっているので、聞く側も「なるほど、そういうものか」と受け入れてしまいがちなんですよね(笑)。
■中国経済に対する無理解
高口:
今や中国は世界第2の経済体で、日本にとっては最大の貿易相手国です。日本にとってはアメリカと並んで最も重要な国でしょう。その割に一般的な情報が足りない。その意味で本書はたいへんありがたい存在なのですが、各種の統計をそろえるのは手間がかかります。三尾さんはどうして今、『図解中国経済』を出そうと考えたのでしょうか?
三尾:
日中関係が良好な時期には、中国に関し、かなり細かい情報まで伝える書籍が出版されていました。ところが2000年代後半から日中関係が悪化し、2010年の尖閣諸島漁船衝突事件に端を発した反日デモ、2012年の香港活動家の尖閣諸島上陸を契機とする反日デモで最悪の状態にまで落ち込みます。このタイミングで新たに中国に進出しようという日本企業は少なく、それに伴って中国経済に関する一般書の出版も止まります。もともと日本は中国について豊富な情報、関係を持っていたのに、それがリセットされてしまったという印象です。
ここ数年、日中関係の改善に伴い、日本企業の中国に対する関心も甦ってきたので、『図解中国経済』のような書籍にはニーズがあると考えています。ただ以前出ていた本をただ引き継ぐというよりも、より細かい情報を増やしています。というのも、今の読者は以前とは関心の種類が異なります。より細分化された情報が求められている印象です。理由は3点あります。
第一にニューエコノミーや消費市場が消費の新たな牽引役となったこと。以前は中国進出を目指す日本企業は主にいわゆるオールドエコノミーに属する企業だったのですが、今では中国市場への売り込みを図る日本企業は多種多様です。
第二に金融の問題。中国の株式市場は世界的な株価指数に採用されつつありますし、中国で発行された債券が持つ存在感も高まっている。日本の投資家がグローバル分散投資を行うためには見逃せない国となったわけです。
第三にイノベーション。中国発のイノベーションが大きなインパクトを持つようになっている。こうした動きを知りたいというニーズも高まっています。
■ニューエコノミー
高口:
ニューエコノミーや消費が中国経済の牽引役になっているとのご指摘がありました。
三尾:
まず消費から申し上げますと、所得向上に伴い中国人消費者のニーズが質的に変化しています。衣食住という最低限の生活をどう確保するかというステージから、より安心できる安全なものが欲しいというステージへ。さらに機能面だけではなくファッション性に優れたものが欲しいステージへと急激に変化しています。海外製品のニーズも安全だからではなく、好きなブランドだから、デザインがいいから、という理由で購入されるようになった。以前なら日本企業は中国進出する際に、機能を落としてでも値段を安くするというローカライズを行っていたのですが、今は違います。先進国の商品がそのまま中国で売れるようになったのです。その意味では日本をはじめとする先進国のビジネスチャンスは拡大しています。
続いてニューエコノミーですが、子細に見ていくにあたっては、その定義が難しい。労働力や資源を多く使う既存産業がオールドエコノミー、イノベーションやサービスを中心とした新しい産業がニューエコノミーと呼ばれますが、どういう風に切り分けるかはまだ議論が続いている最中です。中国だけではなく、日本でもそうですが。
ただ、ニューエコノミーの正確な定義やオールドエコノミーとの区分という「構図」よりも、中国が国を挙げてニューエコノミーへの転換を進めているという「流れ」を意識すべきです。それというのも中国は中所得国になり、労働コストが大きく上昇しています。単純にオールドエコノミーを続ければ、より人件費の安いベトナムやインドには勝てない。中国政府も、オールドエコノミーはある程度、国外移転しても仕方がないという覚悟を固めているでしょう。大切なのはオールドエコノミーの減速ペースはどの程度か、ニューエコノミーの成長は軌道に乗っているか、この点を大まかにでも把握しておくことです。それができなければ、「中国製造業が減速した」「まだ規模が小さな新産業が急成長した」といった断片的なニュースに踊らされてしまいます。
高口:腹落ちする説明です。私は中国の中小企業を訪問することが多いのですが、電子機器の組み立て工場やアパレルメーカーなど、いわゆるオールドエコノミーと呼ばれる分野であっても積極的にデジタル化や独自ブランド構築などに取り組んでいる姿が印象的でした。それで彼らは産業分類上はオールドエコノミーなのかもしれないが、こういう取り組みをしているから、我々はニューエコノミーだ、と胸を張っている。ペースの速い遅いはあれ、オールドエコノミーの減速とニューエコノミーの成長は今後間違いなく起きる現象ですから、生き残るためにはニューエコノミーに変わるしかない。今、中国のあらゆる産業、あらゆる企業ではそうした転換に取り組んでいます。ですから、確かに新旧で一線を引くのは難しいですね。
書名 | 3つの切り口からつかむ図解中国経済 |
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著 | 三尾 幸吉郎 著 |
出版年月日 | 2019/08/26 |
ISBN | 9784561923046 |
判型・ページ数 | A5・288ページ |
定価 | 本体2315円+税 |