『3つの切り口からつかむ 図解中国経済』の刊行に合わせ行われた本対談、日本の中国理解の現状を中心に展開してきた前半に続く後半は、まさに今メディアで取り上げられている米中対立などの話題、また、中国ビジネス指南が語られます。
■中国経済の持続可能性
高口:
日本人読者の多くが気になるポイントとしては、中国経済の持続可能性が挙げられます。明日にも中国経済は崩壊すると煽るような「中国崩壊本」が数多く出版されてきましたが、中国の成長は続いている。では安泰なのかというとそれも不正確で、中国には数多くの課題が残されているわけです。
三尾:
中国自らが喫緊の課題として挙げているのが、本書のキーワード編第2章で取り上げた三大堅塁攻略戦です。金融リスクの防止・解消、貧困脱却、汚染対策という3つの課題を2020年までに解決することを目指しています。2021年が中国共産党建党百周年なのですが、その前年である2020年に「小康社会」(少しゆとりのある社会)を完成させることが中国共産党の目標なのです。
高口:
なるほど、中国の自画像としてはこの3点が直近最大の課題となるわけですね。一方で『図解中国経済』は「中国経済深層分析編」において、外部の視点からいくつかの課題を指摘しています。「中国は「中所得国」の罠にはまるのか?」「中国は債務危機に陥るのか?」「中国の住宅バブルは崩壊するのか?」「チャイナ・ショックは再来するのか?」「中国の外貨準備は十分か?」「米中対立はどうなるのか?」いずれも重要な問いですが、時間もありますので、特に重要な部分についてお話いただけますか?
まず住宅バブルについて。中国の不動産については日本でも多くの報道がありました。人がまったく住まない「鬼城」(ゴーストタウン)が乱立している、在庫が積み上がっている、一般人では買えない金額になっているなどなど数多くの指摘がありますね。
三尾:
現在、中国で住宅の購入には平均で7.4年分の年間所得が必要になります。国際的には4~6倍が合理的水準とされているので、上回っている分がバブルと言えるのではないでしょうか。
ただ、興味深いのは統計を一番古くまで遡れる1997年からのデータを調べて見ると、1997年時点では8.7倍と今以上に高かったのが2008年頃を境に減少傾向に向かっているという点です。その意味では20年前から住宅バブルは存在していたが、最近やや小さくなっていると言えるわけです(深層分析編第4章図表4)。
高齢化が進み住宅を購入する世代が減少していくという価格減少の材料、都市化によって農村から都市に人口が流入するという価格上昇の材料がありますが、長期的に見れば合理的な価格水準にまで下がるのではないでしょうか。問題は長期的に調整が進むのか、短期間で劇的な価格急落が起きるのかです。予測は難しいですが、日本のバブル崩壊がそうであったように、金融引き締めのタイミングは要注意とは言えるでしょう。
■海外融資の焦げ付きリスク
高口:
続いて海外融資についてうかがいます。一帯一路に象徴されるように、中国企業は今、大々的に海外に投資しています。中国の経済侵略だなどと批判する人もいるわけですが、三尾さんはむしろ海外融資の焦げ付きを警戒するべきだと指摘しています。
三尾:
中国企業の投資ですが、カンボジアやラオス、あるいはアフリカの一部の国など、中国と関係が良い国に集中する傾向があります。港湾や水道、電力、交通といったインフラ建設から始まり、工業団地の整備と製造業の移転に発展し、中国人労働者も数多く赴任する。群れとなって行動するので、アクシデントがあれば一気にすべてがおじゃんになる可能性があるわけです。それで失敗したのがリビアです。内戦からカダフィ政権崩壊という一連の過程で、投資した中国企業は大きな痛手を負いました。
同様の事例がまた繰り返されないとも限りません。一番の懸念は不動産投資という形で海外に投資することです。さきほどの住宅バブルの話ともつながっていますが、中国国内ではもうできなくなった、あるいはうまみがなくなった手法を海外で繰り返すようなことになれば大変リスキーです。国が推進する一帯一路のためだからという理由で銀行からもお金を借りやすいですし。
ただ海外への直接投資は2017年をピークに伸びが落ちています。中国政府も現地の状況をよく把握していて、いったんブレーキを踏んでいるんです。たんに統計だけを見ているのだけではなく、足元の実情をよく把握できていると思います。その意味で習近平をはじめとする中国共産党の中央執行部は「裸の王様」にはなっていません。以前には大躍進政策(1958~61年にかけて実施された産業育成政策。強いプレッシャーから下級自治体は過大な生産目標を達成したと虚偽の報告を繰り返したが、3000万人とも伝えられる多くの餓死者を出す経済失政となった)という事例もありましたが、もし同様に今の政府が「裸の王様」になった場合には、すぐに中国から逃げ出したほうがいいと思います(笑)。
高口:
今はガバナンスが効いているという判断ですね。
三尾:
西側諸国が考えるガバナンスとはまったく違いますが、現実を把握できているという意味ではイエスです。日本の江戸時代に、幕府が隠密に各藩の動静を探らせていたようなものと考えればイメージが近いかもしれません。日本、アメリカ、ヨーロッパとはまったく違うタイプのガバナンスを行っているのです。
高口:
一帯一路の政策が発表された後、中国の書店に行って驚きました。「一帯一路で稼げ!」といった内容の本が大量に出ていたからです。チャンスがあるとみれば、投機マネーが殺到するのが中国です。ただ中国政府は投機を警戒しコントロールする意識があるし、その術も持っているわけですね。
三尾:
中国の統治は賢人でなければできないでしょう。14億人の民はなかなか言うことを聞いてくれない。常に裏をかこう、人より早くチャンスをつかもうと考えている人々がたくさんいるわけです。「俺が命令すれば、14億人の民は言うことを聞く」と驕り高ぶった支配者では国は持ちません。足元をすくう動きがないか常に注意を払っている、調子がいい時でも警戒を怠らない、そうした賢人でなければ国が回らないわけです。現地の状況を把握して政策を微修正する、中国式のガバナンスが有効な間は、課題があっても大きな危機にまでは発展しないと思っています。
■米中貿易摩擦について
高口:
中国の課題についてもう一つだけ質問させてください。米中貿易摩擦についてはどのように見ておられますか?
三尾:
米中の対立はきわめて構造的問題です。時間がたてば回復するようなものではなく、放っておけばどこまでも亀裂は深まるでしょう。いずれ戦争になってもおかしくないと思っています。
この状況で重要なのが第三極の動きです。つまり、日本やヨーロッパがどう動くかが大きな意味を持っています。中国は今、アメリカと対立しても日本やヨーロッパとは協調しようとしていますが、もし日欧が極端なアメリカ寄りにシフトすれば、中国は追い込まれて反米勢力を結集するような動きに出るかもしれません。
むしろ日欧が多国間主義を表明し、国連を中心とした国際ルールを守ってる側につくという対応をすれば、つまりトランプ氏がアメリカ第一主義に訴えれば反対する、国際協調主義に立てば賛成する、中国が閉鎖的な経済を開放しないことに反対する、経済開放を徹底すれば賛同するという是々非々の姿勢を示せば、米中は好き勝手振る舞えない状態になるのでバランスが保たれるのではないでしょうか。
現時点では米国の力が強いだけに、立ち向かうのは難しい部分はあります。ただ米中は究極的には相容れないということを念頭に、両者の衝突を防ぐ第三極として日欧は独自の立場を取らなければいけないという方針の下、米国からも中国からも自立できるように安全保障を含めて政策パッケージを変えていかなければならないでしょう。
高口:
簡単なことではありませんね。
三尾:
確かにその通りですが、どちらかだけに肩入れすると破滅的な事態につながりかねません。かつてイラクが大量破壊兵器を保有しているという証拠がないにもかかわらずイラク戦争が強行され、日本も巻き込まれました。今、証拠がないにもかかわらずファーウェイが槍玉に挙げられていますが、同じことになりかねない。幸いにも欧州の国は是々非々の姿勢を示しており、米国ともっとも関係が深い同盟国であるイギリスさえもファーウェイを排除しないという方針を示しています。あらゆる場面でこうした姿勢を示せるか、貫けるかが重要です。
■日本企業はどう向き合うべきか
高口:
最後の質問となりますが、巨大市場・中国に日本企業はどう向き合うべきでしょうか。私は日本企業を取材していて、目の色が変わってきたという印象を持っています。中国市場を取れるかどうかは死活問題と考えて、腰を据えて取り組む企業が増えてきた印象です。
その一方で中国は難しいという声も聞きます。巨大な国土、膨大な人口があり、マーケティングやブランディングも容易ではない。政治体制も商慣行も異なる。大事な市場なのはわかるけど、さてどうしたらいいのかと戸惑う人もいるわけです。三尾さんから何かアドバイスはないでしょうか?
三尾:
難しいですね(笑)。一つ指南するとすれば、「中国は未来予測がしやすい国」という点でしょうか。
高口:
意外なお話です。
三尾:
中国共産党は五カ年計画に代表されるような中長期の産業政策を発表しています。この産業計画をちゃんと理解すれば、ある程度未来予測ができるわけです。たとえば中国人の消費水準向上ですが、これも2010年発表の第12次五カ年計画で年平均13%以上の継続的引き上げという方針を打ち出していたので、その時点で予測可能な未来ではありました。中国の民間企業も政治方針をよく勉強していて、中長期計画を読み込んでビジネスチャンスを察知して、行動していくわけです。いくら長期計画があっても政権が代われば反故にされかねない民主主義国、先進国よりも予測しやすいのです。
日本企業も中国の中長期計画をよく理解する必要があります。その上で彼らの計画にとってプラスであり、日本企業にとってもプラスであるビジネスを展開すれば、成功する確率は大きく高まるのではないでしょうか。
高口:
中国政府が出した政策でも貫徹されない事例もあるのでは?
三尾:
国務院(内閣に相当)の法令は言葉だけで終わることもありますが、中国共産党中央が公表した文書は絶対です。党の威信に関わる問題ですから。中国共産党中央の文書は極めて難解ですが、中国経済の将来を予測する上では、頭に入れておくことが肝要です。
高口:
同じ法律でも、誰が出したのかを確認する、そうした中国リテラシーが必要ですね。
三尾:
おっしゃるとおりです。中国は日本とは異なる体制の国です。中国共産党にしても、9000万人も党員がいて、多くの企業に入り込んでいる。日本人がイメージする政党とはまったく別の存在なのです。『図解中国経済』でも中国の政治体制について簡単に触れていますが、中国独特の政治、制度、発想を理解しなければ、中国ビジネスで成功するのは難しいでしょうね。
(8月5日、ニッセイ基礎研究所にて収録)
書名 | 3つの切り口からつかむ図解中国経済 |
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著 | 三尾 幸吉郎 著 |
出版年月日 | 2019/08/26 |
ISBN | 9784561923046 |
判型・ページ数 | A5・288ページ |
定価 | 本体2315円+税 |