三尾幸吉郎氏(世界経済アナリスト、ニッセイ基礎研究所客員研究員)の新刊『図解中国が変えた世界ハンドブック 9主要国の国益と対中関係から考える、米中新冷戦回避への道』が出版された。三尾氏は15年にわたり中国経済分析を担当してきたベテランで、豊富なデータを緻密に読み解く手堅さに定評がある。本作も図表316点という、圧倒的な情報量でお得感を感じさせる一冊だが、それだけではない。

本書は中国の成り立ちや、対外的に批判される台湾・香港・ウイグルについての分析・解説をまとめた第1部から始まり、第2部から第4部で、米国、フランス、オーストラリア、インドネシア、ベトナム、韓国、インド、ブラジル、ロシア、中東諸国、アフリカ諸国という、日本にとっても重要な9主要国と2地域が、中国とどのような関係にあるかを分析していく。

その後に結語が続くのだが、サブタイトルからもわかるとおり、米中新冷戦をなぜ回避すべきなのか、どうしたら回避できるのかというメッセージが続く。手堅い現状分析の後に大胆なメッセージ、三尾氏の過去の仕事と比べて少し不思議な構成である。まずその狙いについてうかがった。〔インタビュアー:高口康太〕

高口:
前作の『3つの切り口からつかむ図解中国経済』(白桃書房、2019年)も、すばらしい本でした。中国経済についてさまざまな角度からわかりやすい図表で紹介していく内容ですが、たんに足元の数字だけではなく、改革開放が始まった1980年代から現在にいたるまでの歴史的な推移を示す縦軸の視点、各国間の比較という横軸の視点が織り交ぜてあり、中国の現状を立体的に理解できる一冊でした。

『図解中国経済』、208ページ。

私もこの本をたびたび本棚から引っ張り出してはアイデアを得ています。たとえば、「住宅価格と所得倍率」について。「中国不動産バブル、ついに崩壊か」というニュースを目にした方は多いでしょう。が、素朴な疑問として「ついにというぐらいなんだから、随分前からバブルだったんだろうけど、それっていつから?」という疑問を持つのでは。それについては「中国の住宅価格は、20年前から既にバブルだった可能性が高く、この20年は賃金上昇率が住宅価格上昇率を上回ったため、バブルの度合いがむしろ低下したと見るのが妥当」と分析し、以下のグラフを提示しています。通俗的な中国不動産バブルのイメージを覆すという意味で、きわめてわかりやすいグラフだとうならされました。

と、長々前作の素晴らしさを語ってしまいましたが、今作は中国の分析から、中国と世界の関係へとテーマが変わりました。出版社には前作の改訂版を出すという構想もあったと聞きましたが、なぜテーマを変えたのでしょうか?

三尾:
3つ、理由があります。

第一にデータの問題です。中国の経済指標は発表されなくなるものも多いのです。となると、最新版にアップデートできないので別の統計で一から図表を作り直すことになります。そうなれば、改訂ではなく、ほとんど書き下ろしになってしまう……という執筆上の課題です。

高口:
中国あるあるですね(笑)。めっちゃいいデータだと重宝していたら、急に発表されなくなってしまい、使えなくなって涙目になるという経験は私にもあります。

三尾:
第二に私のキャリアです。ニッセイ基礎研究所で中国経済を15年にわたり担当しましたが、その前は証券運用の部署にいました。米国駐在の経験もあり、米中関係には強い興味を持っていました。そして米中双方の立場を理解するようになると、「米国から見た世界」と「中国から見た世界」には大きな違いがあると気づくことになります。

日本人の多くは、知らず知らずのうちに「米国から見た世界」を前提に国際情勢を考えがちです。実際、中国を研究し始める前は私もそうでした。それはマスコミの報道がそうなっているので仕方ないと思います。しかし「中国から見た世界」も理解しておくと、国際情勢の見方がより深まると思いました。

特にこれからビジネス社会に出て、世界各国の企業と競争しているビジネスパーソン、そして一層世界に出ていくことが求められるようになる日本の若者には、是非とも伝えておきたいことが多々あると思ったのです。

そして、第三に、これがもっとも大きな理由ですが、米中関係の先行きが不透明になってきたことです。このままですと、新冷戦に発展しかねない、いや下手をするとその先に第三次世界大戦に発展しかねない。このことに強い危惧を覚えました。米国と中国、両国を研究してきた立場として、少しでも世界平和に貢献したい。そう考えたのです。

高口:
手堅い分析が売りの三尾さんが、そうした熱い思いから執筆されていたと知って、正直驚きました。確かに、米国と中国の対立に続きロシアのウクライナ侵攻があったことで、世界の緊張は高まっているように感じます。

三尾:
日本のメディアによる報道には大きな問題があります。すでに新冷戦のような国際的な対立構造が起きているという理解が、日本には広まっているのではないでしょうか。

中国とロシアが緊密に連携して米国の覇権に挑戦している。米国と日本を含めた同盟国、友好国はどう中ロを封じ込めるかが問われている。政治的には中間に位置するグローバルサウスと呼ばれる新興国途上国をどう自分たちの陣営に取り込むか、米国側と中ロ側が綱引きをしている。

こうした国際関係理解が常識のように広がっていると感じます。ですが、中国をロシアやイラン、北朝鮮と同じ枠に入れて、日本を含む西側諸国との対立という図式でとらえるのは間違っているのではないでしょうか。中国自身はまだロシアとは一線を引いています。ロシアと関係が良いのは事実ですが、公然とウクライナ侵攻に協力しているわけではないですし、欧米との関係を断ったり、激しく対立したりしているわけではない。

ただ、このまま対立が進めば、中国もロシアと同じ側に行くしかないかもしれません。それは中国のみならず、世界にとって不幸でしょう。そこまで追い詰めないように回避するのが最善の道です。残念ながら米国には対話をリードする姿勢は見えません。やるとすれば、日本をはじめとする第三国の役割となるでしょう。どのような国がどのような役割を担えば対話が進むのか、期待を込めた提言を結語にまとめました。

高口:
なるほど。中国を悪の枢軸扱いするのはまだ早い、と。トランプ氏が大統領選で当選したこともあって対話の道はますます狭くなっていくように感じますが、期待は持つべきというメッセージですね。

本書が興味深いのはそうしたメッセージもさることながら、「現在はまだ新冷戦には至っていない」という現状認識を、データをもとに示している点です。その一つが親米・親中分析です。米調査会社ピュー・リサーチ・センターが世界各国の国民を対象に、「米国は好ましい国か」「中国は好ましい国か」を質問した調査をもとにグラフ化しています。

ほとんどの国が親米(グラフの右側)に位置しているわけですが、それと同時に親中(グラフの上側)にも相当数の国がある。四象限で見ると、親米親中の国(グラフの右上)が一番多いことがわかります。

『図解中国が変えた世界ハンドブック』、279ページ

三尾:
ご指摘のとおりです。中国をロシアやイラン、北朝鮮と同じ扱いにして、日本を含む西側諸国との対立として捉える。そうしたストーリーが広がっていますが、中国自身はそこまで思い切っていないわけです。この現実をちゃんと押さえようというのが狙いです。

確かに、習近平政権の誕生以後、中国の覇権主義的な行動が目立ちます。南シナ海問題や香港抗議運動の強圧的弾圧がその象徴でしょうか。歴史的に見て、中華の領域は拡大縮小を繰り返してきたわけですが、その最大領域を取り戻そうという意思を感じます。その意味ではベトナムなどは強い恐怖を感じているでしょう。

もちろん、こうした拡張主義にはきちんとノーを突きつける必要があります。今、振り返って失敗だと感じるのは初動での対応です。2014年に南シナ海での人工島建設が発覚した時の米オバマ政権、同年の香港の雨傘運動に関する英キャメロン政権が強い姿勢を見せていればその後の推移は変わった可能性はあります。ロシアのウクライナ侵攻にしても、トランプではなくバイデン大統領だったから強く反発しないはずだと足元を見られた部分はあるでしょう。

拡張主義を許さない。それはイスラエルとその強硬姿勢を放置している米国に対しても、我々は同じように臨むべきです。こうした世界をどう作り上げていくかが新冷戦、その先の第三次世界大戦を回避するために必要なのではないでしょうか。

高口:
その理想に向かって、まずは現実を見よう、と。

三尾:
そうです。世界各国の姿勢を見ても、米国陣営、中国陣営、グローバルサウスときれいに分かれているわけではありません。たとえばオーストラリアを見てみましょう。ファイブアイズの一角で安全保障上では米国とは緊密な関係にあります。一方で経済では中国と深くつながっている。では社会はどのように見ているのか。
近年、オーストラリアの反中感情の高まりが報じられています。それは事実なのですが、実は米国に対する反発も高まっています。これは2020年の調査なので第1期トランプ政権下の世論です。第2期トランプ政権の行動次第では再び対米感情が悪化することも考えられます。

『図解中国が変えた世界ハンドブック』、122ページ。

高口:
この世論調査も面白いのですが、加えて興味深いのが「入国者の内訳」というデータが用意されていること。世論だけではなく、人的交流など別のデータからも両国の距離感を図っています。中国からの入国者は米国の2倍となっており、その意味でも中国との近さがあります。

こうしたグラフですが、原則として各国で共通のデータが取りあげられています。それらをぱらぱらと眺めているだけでも意外な発見があります。
たとえば、フランスは欧州の中でも独自外交路線で、中国との協力で経済的利益を引き出そうとしている印象がありましたが、中国からの直接投資累積額のデータを見てみると西洋諸国の中で比べても低い。イメージと実際の齟齬に気づくこともありました。

そういう楽しさがある一方で、前述のメッセージとは合致しない、関係性が低いデータも多くなります。それでもあえてこうした形式にしたのはなぜでしょうか。

三尾:
そもそもデータマイニングや国際比較が好きなのです(笑)。それはさておき報道でありがちなのは、ある国を取りあげる時にはよく使われるデータが、別の国を説明する時には使われないというパターンですよね。論旨に合わないものは使わないという姿勢です。そのほうがメッセージはすっきりするでしょうけど、それでいいのかと感じています。そもそも国際関係や経済なんて分かりづらいものなのです。それを過度に単純化して分かりやすくしてしまうと、大事なことが抜け落ちてしまう。分かりやすくする工夫は必要ですが、一方ですっきりしないことも重要なのだと考えています。

高口:
「すっきりしないことが重要」はいいフレーズですね。

第2期トランプ政権の誕生が決まった今、世界情勢はさらに混迷しそうな気配です。その中でも米中対立は大きな焦点ですが、その先行きがどうなるのかを、なんとなくの雰囲気で考えるのではなく、地に足のついた現状理解から、戦争回避という理想の実現につなげたいという本書のメッセージがよく分かりました。

後編「今後一層進む、中国企業の海外展開にどう対応すべきか?」に続く)

三尾幸吉郎 著
出版年月日 2024/10/26
ISBN 9784561961420
判型・ページ数 A5・328ページ
定価 本体3636円+税