三尾幸吉郎氏(世界経済アナリスト、ニッセイ基礎研究所客員研究員)の新刊『図解中国が変えた世界ハンドブック 9主要国の国益と対中関係から考える、米中新冷戦回避への道』が出版された。三尾氏は15年にわたり中国経済分析を担当してきたベテランで、豊富なデータを緻密に読み解く手堅さに定評がある。本作も図表316点という、圧倒的な情報量でお得感を感じさせる一冊だ。
本インタビューの前編では、この本を執筆した動機や、通り一遍の理解で国際関係を割り切ることができないことなどを語っていただいた。
後編では、ビジネスに直結する議論を伺った。〔インタビュアー:高口康太〕

高口:
前編でお話しいただいたように、本書は国際関係について斬新な視点を与えていただける内容ですが、ビジネスの面から見てもきわめて興味深い内容です。たとえば、ベトナム。中国の大国主義には強い警戒心を抱いている国ですが、一方で経済的には中国と強い結びつきがあります。

三尾:
第1期トランプ政権時代の対中制裁関税の影響もあり、中国から東南アジアへの製造業の移転が進みました。特に恩恵を受けたのはベトナムです。

高口:
いわゆる「チャイナ・プラスワン」ですね。多国籍企業が中国への一極集中リスクを避けて、新たな製造拠点を探すという。

三尾:
日本など先進国の企業だけではなく、中国企業がベトナムに製造拠点を移すという動きも本格化しています。中国から中間財を輸出し、ベトナムで最終製品に加工して、米国や欧州に輸出する。あるいは中国企業がベトナムで作って中国に輸出するという動きも本格化しつつあります。

高口:
2010年代に入って、中国はルイスの転換点を越えました。つまり、それまでは農村部の余剰労働力が都市部に移転することで都市労働者の賃金上昇が抑えられていたのですが、余剰労働力が尽きたので賃金がどんどん上がるように。人件費が安い海外に移転するのは言語や文化の壁があって大変なので、自動化などの省人化で対応するのか、それとも物価が安い中国内陸部に移動するかが本命と言われていたわけですが、中国企業も壁を越えるためにベトナム進出も行っているわけですね。

日本企業や欧米企業は中国から離れたつもりが、東南アジアで再び中国企業との競争を迫られるという、しんどい事態に追い込まれそうですね。

三尾:
この動きが今後どのように推移していくかは慎重に見守る必要があります。かつて、日本も賃金上昇から製造業の海外移転が進みました。それが始まった1980年代後半は1人当たりGDPはすでに米国よりも高く、先進国のトップでした。そこから移転によって停滞するわけですが……。

中国は豊かになったとはいえ、1人当たりGDPはまだ1万2000ドル。ここで成長が止まるのはまだ早すぎます。中国政府が製造業の空洞化を危険視して、海外への移転をストップさせる可能性があります。この政治的判断がどうなるのか、東南アジアを重要な拠点とする日本企業にとってはきわめて重要な問題です。

高口:
中国企業の新興国への進出というトピックでは、一帯一路があります。これも関連しているのでしょうか。

三尾:
まさに中国の労働力不足が見えてきた段階で始まった政策です。先進国が支援する財政余力がなくなったこともあり、また新興国にとって中国は歓迎すべきプロジェクトでした。

ただ、現時点では成功したとは言えません。一時は新興国のインフラ建設に多額の資金が投資されましたが、すぐにその流れは止まってしまいました。中国に新興国の開発プロジェクトを審査する能力がなかったので、問題あるプロジェクトに投資をして債務不履行が起きてしまったことが原因です。いわゆる「債務の罠」、客観的に見て返済が難しいプロジェクトに中国が融資し、債務の代わりに港の経営権などを差し押さえるという話ですが、戦略的に投資したのだとしても、審査能力がなかったことが最大の要因でしょう。

その教訓から現在、中国の対外投資は以前より減っていますが、資源開発に関してはまだ資金が付いています。受け入れ国側としても人権や環境を理由に先進国が投資してくれなかったプロジェクトにも、中国は資金を出してくれると歓迎するパターンが多いのです。

高口:
今、ホットイシューとなっているEV(電気自動車)についても、中国がバッテリーの上流工程、資源開発まで独占しています。まさに一帯一路の資源開発投資が次世代のグリーン産業における中国の優位までつながっているわけですね。こうした日本企業が今後直面する問題については、政治や経済の個々の報道だけ見ていてもなかなか分からないわけですが、本書では俯瞰的な理解の枠組みを提供していると感じました。

三尾:
ありがとうございます。微力ですが、読まれた方のビジネスのお役に立ち、さらには、前編でお話ししたように、米中新冷戦にさせないため私たちに何ができるのかを考えるヒントになれば、著者として大変うれしく思います。

(10月16日収録、12月9日公開。記事化作業中に米大統領選でトランプ氏が当選したことを踏まえ、若干発言を調整した。)

三尾幸吉郎 著
出版年月日 2024/10/26
ISBN 9784561961420
判型・ページ数 A5・328ページ
定価 本体3636円+税