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『激動の時代のコンテンツビジネス・サバイバルガイド』書籍紹介ページ
【イベント告知】本書刊行記念、小林啓倫氏(翻訳)×山本一郎氏(解説)トークショーが11/25(月)八重洲BCにて開催!

 主に制作面で大きな環境変化となったパソコンに代表されるデジタル技術と、それを前提として、主に輸送面で劇的な環境変化となったインターネット。この二重の革命の波に晒されてきた娯楽系コンテンツ産業の生き残りをかけた挑戦の歴史は、業界に詳しい人でなくとも、消費者(ファン、情報の受け手、いろんな表現はありますが)として多くの人が目にしてきたことでもあります。

 産業界側(政府や産業部門の研究者なども含みます)でも次々と起きる悩ましい問題に、一つ一つ、調査、評価、分析、そして仮説に基づく挑戦をしてきました。本書は、米国スタイルですが、読みやすい読本の形をしながらも、「娯楽系コンテンツ産業」と分析対象を適切に規定したり、過去発表された関連論文を踏まえるなど、学者らしい誠実な労作となっています。特に、米国視点という制約は仕方ないですが、これまでやや分断されていた感のある、各部分の分析結果である論文その他のデータを俯瞰的に集め、業界のあるべき姿を描き出すという目的に向かって統合的に言及している点は、本書に教科書や論文ガイド的な意味での価値を与えています。


 さて、本書の一つのテーマは、二重革命的環境変化の中で如何に産業のメカニズムが変わるか、ということです。

 この点で、著者は、既存の娯楽系コンテンツ産業のメカニズムから、二重革命がそこに及ぼすインパクトについて、正規版と海賊版両面における流通構造の変動、インディーズ市場の自律化といった出来事について、経済学の基本概念などを下敷きにしながら丁寧に語っていきます。それを貫く一つの関心軸は、娯楽系コンテンツ産業がこうした環境変化の中でより合理的になるためには、つまりより多くの収益をより継続的に上げられる産業となるためには、各事業者はどのような行動をとるべきか、ということです。そして、それが市場、いやより端的には消費者に関するデータをもっと踏まえるべきだという著者の結論に繋がっていきます。

 やや自分なりに体系的に整理すると、こういうことです。企画、試作、本制作、宣伝・流通(劇場公開、放送、販売その他の、消費者に体験可能にする最末端の仕事をすべて一緒くたに総称して「流通」と言うことにします)と進む米国のコンテンツビジネスでは、各段階で次段階へ進む判断と次段階への投資(この場合は、事業費用を分担し、引き換えに得られることになる事業総額に応じた手数料等収入によってそれを回収するという、一種の隠れた金融的行為を含む。なお、この場合は負担するコストが投資額となる)の決定がなされます。その際に問われるのが「成功確率」です。市場全体では総投資額が成功確率と市場総額の積で少なくとも贖えるように、そしてそれぞれの投資主体が得られる収入でそれぞれの投資額がカバーされるように、安定的なビジネス構造は構築されています。この成功確率が上がれば産業は成長するわけです。二重革命は、まず宣伝・公開における価値流出としての海賊版などがネガティブに作用するのですが、やがて市場を拡大させたり、かつてはあり得なかった流行の回路を成立させるポジティブな作用を発揮し、特に消費者の消費データを捕捉することで成功確率の決定過程をより科学的にすることで、それを向上できるという大きなアドバンテージがあるのではないか、ということだろうと思います。そして、コンテンツ配信プラットフォームを単なる流通の一過程ではなく、このデータの生産基盤として捉え直そう、と提案するわけです。


 この、ある意味、言い古されたデータ主義の教義は、既存の娯楽系コンテンツ産業には耳が痛いかもしれません。事実、こうした主張は確かめられることもなく既存事業者に一蹴されてきたと著者は繰り返し指摘しています。それを認めることは、結果的に「勘」「感覚」主義が既存事業者の中の人々に与える思うがままに意思決定をしてよいのだという特権を剥奪してしまうことになりますから、決して気持ちのいいものではない。しかし、そうだとしても、産業をとりまく二重革命的環境変化の中で、それは否定できないくらい当たり前になっているのだ、そしてインターネット上のプラットフォーム産業の連中はそれをわかっているのだ、と本書は力説するのです。

 こう書いてしまうと、また「インターネットがコンテンツ産業を壊す」的な批評書かと誤解を受けそうですが、全く逆で、本書は既存の娯楽系コンテンツ産業界への理解と愛情に溢れています。著者は、だから今こそ娯楽系コンテンツ業界はより合理的な方策を採るべきだ、という思いで本書を書いているのはあきらかだと思います。その意味では、私は、「ガイド」というのは間違いではないでしょうが、むしろこの産業界への「ラブレター」なのではないかと思っています。


 実は、こうした構造と二重革命がもたらしたインパクトは日本でも全く同じです。ですから、本書の内容は日本の対応する各産業の理論として読み替えることができるわけですが、二つ、留意すべきことがあるかと思います。


 まず、本書は網羅的ではありますが、しかし言及が弱い部分もあります。

 その一つが商品化ビジネスとライブビジネスです。これは音楽産業では顕著ですが、コンテンツ(体験を生み出す情報)が海賊版や無料シェアなどの形で二重革命の大きなネガティブインパクトにまず晒されるのと異なり、関連商品販売やライブ動員という面では二重革命は比較的ポジティブに働きます。事実、音楽産業のライブシフトは米国でも日本でも明確ですし、古くは矢沢永吉さんのタオル開発に始まった関連商品販売という運動が、今では地下アイドルのチェキ販売に至るまで様々な形に発展し、日本の音楽産業を支えています。さらに、この二つは、アーティストを軸に展開する音楽産業では、優先的にライブチケットや関連商品を手に入れるためのプラットフォームであるファンクラブなどの形を通じ、産業側と消費者の密接な接触界面を支えてもいます。そして、このプラットフォームは、著者が強調する、消費者の情報を得るための最大のとば口といえるでしょう。

 本書は、そういう意味では「コンテンツ系娯楽産業」の解説書ではなく、「娯楽系コンテンツ産業」の解説書なのです。そして、「コンテンツ系娯楽産業」という枠組みの中で「娯楽系コンテンツ産業」を見る時、本書の結論とは少し違ったメカニズムを見出すことも、また、可能かもしれません。


 また、日本と米国の間で具体的事情が少し違う、ということもあります。

 テレビを中心とした娯楽系映像産業の領域では、著者の指摘する経済合理性によって、日本でもかつてはなるべく映像コンテンツを、放送後であってもネットに出さない空気が蔓延していました。しかし、2007年から09年にかけて広告収入が急落したことが大きくこの構造を揺るがせ、また総務省がNHKにネット配信を踏み切らせたことなども契機となり、ネット市場開拓は不可避という方向に一変しました。今やNHK及び民放キー局は全て自社コンテンツのネット配信プラットフォームを持っていますし、それどころか、「TVer」という形で産業界共同のネット配信プラットフォームを生み出しています。この、著者はまさにこの独立した共同ネット配信プラットフォームを娯楽系映像産業は持つべきだというのが提案ですから、日本はもはや著者の提案すら一応は実現した段階にいる、とも言えるかもしれません。

 文字通り結論を鵜呑みにすればそういうことになりそうですが、網羅的で、効果的で、安定的なデータの生産工場、分析体制の整備が娯楽系映像産業には必要だという本書の真意を踏まえれば、山ほどの問題が見えてきます。そういう意味では、やはり、これから日本の産業界が何をすべきかのヒントは本書にあると言えます。

 あるいは、個人的には著者の「データオリエンテッドな合理主義」について懸念するところもないわけではありません。というのも、データ主義はしばしば誤解されたり、暴走したりするからです。本来、データはそれ自体が価値なのではなく、「データ」から「効果」、私の言うところの「成功確率」の向上などを実現できて初めてその価値を発揮します。つまりデータの分析法、活用法の方が大事なのですが、しばしばデータを集めることそのものが自己目的化してしまいがちです。これが暴走すると、社会的許容の範囲を越えて(時に「違法」な)データの収集やシェアがこっそりなされることもあります。それどころか、本書では明確に留保している作品制作行為そのものへのデータ主義の侵略(多分、著者は否定的なのです)も起きるかもしれません、結果として、データを有効活用することの鼓舞が、著者の期待したのとは違う方向と程度に産業界を振っていくこともあり得るかもしれないわけです。

 しかしながら、置かれている環境をより真摯に分析し、より合理的に振る舞うよう自己変革すべきだ、という著者のメッセージが些かも傷つくものではないことはもちろんです。そして、日本の娯楽系コンテンツ産業界が、もちろん上に挙げたような事情の違いもあるので著者の主張を鵜呑みにする理由も必要もないのですが、自分たちなりの合理性を追求する際、本書が頼れる武器になることはもちろんです。


 そう考えてくると、本書のもう一つのテーマが重くのしかかってきます。それは、こういう時代を生き抜く企業、組織とは、という点です。

 これは著者が引用するネットフリックスのヘイスティングスCEOの「もし(ブロックバスターが)2年早く(オンライン注文サービスを)立ち上げていたら、私たちが倒されていただろう」という言葉に示唆されています。それは、必要な変化の方向性はわかっているのに、それに取り組めた、実現できたのは既存の産業界のプレイヤーではなく、外部の事業者であったという例が、過去、あまりにも多かったということです。世の娯楽産業のニーズは尽きないという、まさに「ショー・マスト・ゴー・オン」である中、既存事業者が埋めない空間は、適切なタイミングで必ず誰かが埋めに来る。著者は、「私たちは楽観しています」というのは、そういう意味のはずです。

 日本ではまさに無料放送の根幹をなす広告費のメディア配分に大きな変化が起きています。その背後には、投資資金の出し手を担う広告主が、そしてその後ろには投資家たちがいて、彼らのデータ主義的な要請に応えるということと、本書が主張する投資面の要請として成功確率を上げることとは表裏一体の関係にあります。日本の娯楽系映像産業においても、著者の見ている世界に向けた圧力は高まっているわけです。

 この時代の端境期において、著者の願いが通じ、素晴らしいコンテンツを作り出してきた、日本と世界の既存娯楽系コンテンツ産業が次の時代の形を自ら埋めることを心から願います。

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境 真良/さかい・まさよし
国際大学GLOCOM客員研究員。1968年東京都生まれ。93年通商産業省入省、経済産業省メディアコンテンツ課課長補佐、東京国際映画祭事務局長、早稲田大学大学院准教授などを務め、2018年より(独)情報処理推進機構参事の任にもある。
著書に『テレビ進化論』(講談社)、『アイドル国富論』(東洋経済新報社)等。
Twitter: @sakaima

書名 激動の時代のコンテンツビジネス・サバイバルガイド
プラットフォーマーから海賊行為まで 押し寄せる荒波を乗りこなすために
著者・訳者・解説 マイケル D. スミス・ラフル テラング 著
小林 啓倫 訳
山本 一郎 解説
出版年月日 2019/06/26
ISBN 9784561227298
判型・ページ数 四六判・280ページ
定価 本体2500円+税