内容紹介][詳細目次][吉崎達彦氏 解説抄録

2018年に出版された『チャイナ・エコノミー:複雑で不透明な超大国 その見取り図と地政学へのインパクト』は入門書という位置づけながら、研究者、アナリスト、ジャーナリストなどの専門家からも内容を高く評価される一冊となった。

中国を専門とするジャーナリストである私もその一人だ。この5年間、何度も本棚から引っ張り出してはお世話になってきた。この『チャイナ・エコノミー』の第2版が出版される。本の構成自体は大きく変化してはいないが、初版からさらに4年分、2020年までのトピックを収録しているほか、新たに追加された図表があるなど、より理解しやすい内容となっている。初版を読んだ方も、改めて読む価値のある内容だ。

この『チャイナ・エコノミー』は何が魅力なのか? 「多様なトピックをカバー」「客観的な判断」、そして「中国経済の流れを貫くビッグストーリーの提示」という3つのポイントがあるように思う。

多様なトピックから中国経済を見る

目次を眺めるだけで、トピックの豊富さが伝わってくる。

第1章 中国が重要な理由
第2章 中国の人口と地理、歴史
第3章 中国経済の政治とのかかわり
第4章 農業と土地と農村部の経済
第5章 産業と輸出とテクノロジー
第6章 都市化とインフラ
第7章 企業システム
第8章 財政システム
第9章 金融システム
第10章 エネルギーと環境
第11章 人口構成と労働市場
第12章 興隆する消費者経済
第13章 格差と腐敗
第14章 成長モデルを変える
第15章 中国と世界:対立は不可避なのか

第1章から第3章は中国経済に注目すべき理由の提示、その特徴について概観したパートとなる。第13章から第15章は中国の課題と世界経済に与える影響とを展望している。真ん中の4章から12章が個別トピックを取りあげた部分だが、農業、産業・テクノロジー、都市化、企業、財政、金融、エネルギー・環境、人口、消費という幅広い分野をカバーしている。

それぞれのトピックについて、データに基づいて中国の特徴を描き出している点が印象的だ。「第10章 エネルギーと環境」を例にあげよう。まず種別ごとのエネルギー消費量が図表でわかりやすく示される。

『チャイナ・エコノミー』第2版、213ページ

中国のエネルギー消費量がすでに米国を抜き世界最多であること、しかし1人当たりにすれば米国の3分の1弱にとどまることが一目瞭然だが、面白いのはここからだ。さらに掘り下げ、GDP100万ドルを生み出すために必要なエネルギー量が中国はきわめて高い、つまりは凄まじく燃費が悪いことを指摘している。なぜ、こんなにエネルギー効率が悪いのか、それは経済構造、エネルギー供給構造、非効率という3つの要因がある……と話が展開していき、エネルギー消費の副産物である環境汚染や、これまでの中国の取り組み、と限られた紙幅の中にこれでもかと情報が詰め込まれていく。

その問題はどれほどの問題なのか?

豊富なデータから国際比較を交えて分析し、時系列に沿って中国の取り組みを掘り起こしていく。それぞれのトピックで同様の構成が採られており、立体的に中国経済が描き出されているのが印象的だ。

こうして浮かび上がってきた中国の現在と未来予測には、「なるほど」とうならされるものが多い。特に感心した事例として、「中国は食料を自給できるか」(68~71ページ)というテーマを紹介しよう。中国が豊かになるにつれ、食料の輸入は増えている。「爆食中国」「中国に買い負けた日本」といった見出しを目にした人も多いのではないか。中国の経済成長が私たちの食卓を脅かすのではないか、そればかりか中国発の世界的な食糧危機まで考えられるのではないか。このきわめて身近な関心事にも『チャイナ・エコノミー』は簡潔な分析で答えている。

「悲観的な議論では常に、中国における主要農作物や畜産物の増産能力が過小評価されている」として、1980年比で穀物の生産量は2倍、食肉は6倍になっていると指摘する。今後も機械化や土地管理技術の向上によりさらに生産量を伸ばせる余地があることに加え、需要面を見ても中国の食料消費量はそろそろ天井に達する可能性が高いという。

「需要の点から考えると、中国の食糧消費が伸びる可能性はある。しかし、その幅はそれほど大きくはないだろう。今日、中国人の1日の摂取カロリーは3000kcal近くで、かなり高い水準になっている。韓国では1990年代はじめにこの水準で安定した。日本では高齢化が進んでいるため、1日の平均摂取カロリーはここ20年ほど減少してきている。中国では、今後25年から30年で日本の高齢化と同様の現象が起こることが予想され、摂取カロリーが今後も増え続けることは考えにくい」(69~70ページ)

きわめて通俗的な中国脅威論に妥当性が欠けることを、データと国際比較から冷静に解説している点は痛快ですらある。この食糧自給の解説には、『チャイナ・エコノミー』の第2の長所である「客観的判断」がよく現れている。

中国は広大で、しかも発展途上だ。ちょっと眺めて見れば、そこにはさまざまな問題が渦巻いている。エネルギー利用の非効率さ、食料消費の急増もその一例だ。そうした話題をつまみぐいしていけば、中国は危機的状況であるかのように描くことはたやすい。ただ、考えるべきは、なんらかの問題があったとしても、それがどれだけ深刻なものなのかを客観的に“値踏み”している点でだろう。『チャイナ・エコノミー』は中国の問題群を過大に煽ることもなければ、逆に取るに足らないと一蹴することもなく、問題がどの程度のものなのかを測ろうとしている態度で一貫している。

分岐点を迎えた中国経済

さて、ここまで『チャイナ・エコノミー』が多様なトピックをカバーしていることを強調してきた。ニッチな分野から通俗的な中国理解をひっくり返すという手法は評者が大好物としているところなので、そうした箇所を見つけると赤線を引きまくってしまうのだが、本書の魅力はそれだけではない。中国経済を通貫するビッグストーリーの提示にもチャレンジしているのだ。

そのストーリーとは何なのか? 本書は中国経済が今、大きな転換点を迎えていると指摘する。

「今日の中国は、これまで克服してきた課題に比べてずっと大きな課題に直面している。それは、資源の投入による成長モデルから、資源の効率的な活用による成長モデルに移行していくことだ」(298ページ)

過度な投資偏重、ムダが多いインフラ投資や不動産建設、地方政府の巨額の債務などなど、中国経済に多くの問題があることはよく知られている。この点について、『チャイナ・エコノミー』はこれまでの中国は効率をあげることの重要性は低く、資本ストックを積み上げることが「唯一最大の仕事」だったと指摘する。先に列挙した課題はその副作用として許容されてきたと喝破している。

ただ、十分な資本ストックが積み上がった時点で、今までの道から転換せざるを得ない。それ以上は効率性が極度に低下してしまうためだ。副作用を気にせずひたすらに資本ストックを積み上げる時代はすでに終焉し、今後はいかに効率性を上げるかという別の評価軸へと移行する必要がある。つまりは、日本や韓国など東アジアで先に発展を成し遂げた国々と同じステージに立たなくてはいけない。

果たして中国は転換できるのか、それとも失敗するのか。もし、失敗すれば中国のみならず世界経済にとって大きな災厄となることは間違いない。すでに超大国となった中国はグローバルな経済の中で大きな役割を担っている。彼らが失敗すれば、全世界、そしてなにより隣国に住む私たち日本人が大きな痛手を負うだろう。

未来がどちらに転ぶのかについて『チャイナ・エコノミー』は態度を保留している。国民の多くは中国共産党の支配に満足していること、中国共産党は課題を認識し改革プログラムを立案しているというポジティブな条件がある一方で、不安要素もある。効率を上げる究極の解決策はイノベーションだが、言論の自由や情報共有が抑え込まれている政治システムでは難しいとの見通しを示す。

今後、中国がどのように変わっていくのか。日本の未来にも大きな影響を与える難題だが、『チャイナ・エコノミー』は考えるための見取り図を与えてくれる一冊だ。

高口康太/たかぐち・こうた
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国の経済・企業、社会、在日中国人社会を中心に執筆活動を続けるジャーナリスト、千葉大学客員准教授。『月刊文藝春秋』『ニューズウィーク日本版』「ニューズピックス」などに寄稿しているほか、「クローズアップ現代」などテレビ出演も多数。著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書、共著)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、『プロトタイプシティ』(KADOKAWA、共著)など。
著・訳者・解説 アーサー・R・クローバー 著/東方 雅美 訳
/吉崎 達彦 解説
出版年月日 2023/06/16
ISBN 9784561911401
判型・ページ数 A5・408ページ
定価 本体2727円+税