本書はビジネススクールや大学院でこれから論文を作成しなければならない学生を主要な対象にして,実証研究のリサーチ・デザインの基本的な考え方や技術を展望したテキストである。前提となる知識は何も要求していないので,優れた卒業論文を書きたいと願っている学部学生,あるいはシンクタンク,コンサルタント会社,企業の調査部門の研究スタッフの人たちでも,本格的なリサーチに取り組もうとする際に参考となると思われる。
最近の十数年,大学での経営学の教育現場は大きく変貌した。学生は既存知識ストックの学習だけでなく,新しい知識創造により多くの関心を向けるようになった。この背景には,グローバリゼーション,情報技術の革新,人々のライフスタイルの変化を反映して,新しいビジネスモデルの登場や企業の盛衰がめまぐるしく生じていることがある。
経営の現場では,既存知識では理解できない新現象が次々に生じている。このことを敏感に感じて,既存知識の学習だけでなく,新しい知識の創造に大きい関心を持つようになったのである。卒業論文,学位論文のテーマを見ると,この傾向は歴然としている。とくに,大学院修士課程やビジネススクールに多数の社会人学生,外国人留学生を受け入れている大学ではこの傾向が著しい。
このような学生を長年に渡り数多く研究指導してきた経験から,本書の構想が生まれた。たいていの学生の研究指導では,リサーチに関するかれらの誤解を解くことから始めねばならない。適当な企業を事例として選び,新聞,雑誌,インターネットを通じて資料収集し,それに若干のヒアリングをしてまとめれば論文になると思っている者,アンケート調査などを実施し,それを少し新しい統計ソフトで計量分析すれば,それで論文になると思っている者があまりにも多すぎる。
論文に要求されるのは,新しい知識創造という課題である。これを達成するには,リサーチのデザインがしっかりしていなければならない。良いリサーチ・デザインは,適切な研究課題,それを捉えるための理論,利用するデータ,そしてデータ分析に使う推論技法の調和から生まれる。多くの学生はこのリサーチ・デザインというものをよく理解していない。
しかし,これは学生の責任というよりも,むしろ教師側の責任である。経営学の領域では,教師側にも社会科学の方法論を基礎にした実証研究のリサーチ・デザインを十分に理解して研究指導できる者がけっして多いとはいえない。さらに,最大の問題は経営学では,リサーチ・デザインについての適切なテキストがほとんど存在しないことである。これでは特に時間的余裕の少ない社会人院生などに,リサーチ・デザインをしっかりたてて良い研究をせよといっても無理である。
本書はこのような反省を踏まえて本年度の初頭に執筆を思い立ち完成させたものである。執筆に際しては筆者のリサーチ経験だけでなく,社会科学における方法論の最近の発展をも,できるだけ取り入れるように配慮したつもりである。
最後に,本書執筆の趣旨に賛同し,その出版を快く引き受け,編集の労を執っていただいた白桃書房の大矢栄一郎社長,照井規夫氏,平千枝子氏に感謝を申し上げたい。
2006年9月19日
著 | 田村 正紀 著 |
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出版年月日 | 2006/12/06 |
ISBN | 9784561264576 |
判型・ページ数 | A5・208ページ |
定価 | 2,619円(本体2,381円+税) |