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 一般的に老舗といえば創業100年以上の企業を指すが、『千年企業の経営』は少なくとも500年以上、四捨五入すれば1000年以上の歴史を持つ老舗にフォーカスした研究成果をまとめた一冊である。異常値ともいえる歴史の長さを持つ企業はどのようにして時代の変化を潜り抜け、営業を継続してきたのか。普通の企業とは何が違うのか。著者でハワイ大学マノア校シャイドラー経営大学院で教鞭を執る伊藤清彦特別栄誉教授に話を聞いた。
(聞き手 宮内 健)

際立って歴史の長い「異常値」の企業にフォーカス

――特異的に歴史の長い「千年企業」を研究対象に選んだのはなぜですか。

『千年企業』著者の伊藤清彦氏

伊藤 このテーマに興味を持ったきっかけは、実は50年ほど前の話になります。祖父母が住んでいた京都へ遊びに行ったとき、たまたま100周年を迎えた京都の老舗企業を表彰する新聞記事を読み、「京都には500年も1000年も長く続いている会社がたくさんある」と知り、これは面白いなと興味を持ったのです。やはり500年、1000年の歴史となると普通ではありませんから。
 その後、私は慶應義塾大学の島崎隆夫先生のゼミで経済思想史を学び、老舗企業を卒業論文のテーマにしたかったのですが、資料が集まらずに断念し、他のテーマにしたのでモヤモヤが残りました。さらにMBAを学んだデラウェア大学では卒論がなく、博士課程を過ごしたミシガン大学では指導教授が「そのテーマはダメだ」と。なぜなら修了後、仕事がアメリカのビジネススクールでは見付からないしデータも集まらないから。実に的確なアドバイスで、私は国際経営戦略を専攻しました。そして現任のハワイ大学に来てからようやく、研究をスタートしました。

――老舗企業に関する書籍や研究はこれまでにも存在します。今回の研究ではどのようなアプローチを行いましたか。
伊藤 どうせやるならインパクトのある研究をしたい。それには大量のデータを集めて統計処理をしていくよりも普通ではない、異常値の領域に集中するのがよいのではないかと、共同研究者と考えました。95%の会社がやっていることではなく、differential impactのある経営の新しい姿が見付かるのではないかと。
 それにぴったりの対象が「千年企業」でした。一般的に老舗企業といえば100年以上営業している企業を指しますが、この研究では少なくとも500年以上の歴史を持つ7社の老舗の当主やオーナー経営者にインタビューを行い、それに基づき研究考察を行っています。

グローバル企業とは対照的な千年企業の特徴

――千年企業の特徴にはどのような要素が挙げられますか。
伊藤 最初に出てくるのは「細々と」。つまり、無理に規模拡大を求めない。そして地元重視でイノベーションのためのイノベーションをせず、先祖による企業統治が行われている――。これらはMBAの教科書に書いてある話とはかなり異なっていますが、21世紀の企業に求められる自然環境の保護に適した経営が長年にわたって続けられています。
 少なくともアメリカでは、経営戦略やファイナンス、マーケティングの教科書で最初にマネージャーの役割として出てくるのは企業価値の最大化やシェアホルダーの富の最大化です。経営の教科書にはじめに掲載されているような内容とは、まったく異なる方向性の経営が行われているのです。

――本書ではこの違いを説明するモデルとして「経営時空モデル」が提示されています。
伊藤 経営時空モデルとは、企業戦略を空間(y軸)と時間(x軸)の2面から示したもので、縦軸は事業の多角化や国際化の程度といった空間的側面、横軸は創業以後の時間・経営年数という時間的側面をとらえ、企業によってそれぞれの戦略がどのように位置付けられるかを示しています。
 これまで私たちビジネススクールの教授が教えてきたのは企業価値の最大化で、そのためにはグローバル化して世界中の市場を相手にしたり、事業の多角化を図ったりする必要があるとしてきました。これらは地理的な、あるいは事業の空間的拡大による売上と利益の絶対値を増やす取り組みと言えます。
 千年企業はそれとは対照的に空間的拡大は目指さず、企業寿命の最大化を考えています。経営時空モデルの座標内において千年企業は大多数の企業とは異なり、横の時間軸では特異値といえるほど右側に片寄り、縦の空間軸では下部となるため右下に位置します。これは座標の左上に位置する多角化したグローバル企業とは対照的なポジションで、千年企業の独特な戦略と、MBAで教えられている現代の企業戦略モデルとの強い対照を示しています。

――千年企業と一般的なファミリービジネスや中小企業を比較すると、どんな違いが見られますか。
伊藤 やはり何代にもわたって長続きするには、寄らば大樹の陰でお金持ちの顧客を見付けることが大切です。千年企業の多くはお金と伝統を持つ顧客――神社仏閣や皇室、伝統的な行事団体といった顧客と長期的な契約を結んでいます。これはかなり運の部分が強いと思います。500年以上前にそうした先行者利益をつかみ、現在も継続できているのは、運の要素が非常に大きい。

――長寿企業の経営で難しいのは伝統を大切にする顧客の要求に応え続ける一方で、その時々の世の中の変化にも対応することです。変えてはいけないものを守り、変えなければいけないものを変えていくために千年企業はどんなことを行っていますか。
伊藤 おっしゃる通り、経営を取り巻く環境は時代とともに変化していきます。材料の仕入れにしても昔と同じものを同じように入手できるわけではありませんから、昔と同じ商品やサービスをそっくりそのまま出すのは簡単なようで非常に難しい。それをやってきたのが千年企業であり、古い本来の姿であり続けるため、「イノベーションをしないためのイノベーション」が行われています。ですから千年企業では最終製品の形は変えないが、自社の優位性を失わない限り、最新技術の導入を積極的に導入するケースが多く見られます。
 千年企業の当主にインタビューを行った際、どなたもMBAホルダーではありませんでしたが、皆さん経済分析から産業分析、自社の経営分析まで実に見事に行っていたのが印象に残っています。本当にMBAの学生に見せてあげたいくらい、過去から現在、未来まで客観的によい分析をされていて、その上でイノベーションをしないためのイノベーションを考え抜いているのは素晴らしいと思います。

聞き手の宮内健氏

いま大きく儲けるのか、子々孫々に受け継いでいくのか?

――とくに成長企業から見た時、規模を拡大していかない千年企業は世の中にバリューを十分提供できていないのではないかという見方もできると思います。こうした批判的な見方に対してはどのように考えますか。
伊藤 世の中にバリューを生み出し、ビジネスとして利益を出し続けていない組織が500年も1000年も続くことはありません。千年企業の当主はグローバル企業のトップのように年に何十億円も給与を得られるほど儲けているわけではありませんが、その分利益を出している時間軸が長い。長く立派に経営を継続している千年企業は経済的、社会的価値のある組織であると認めるべきでしょう。
 会社の在り方はそれぞれの目的によって異なります。成長を目指して成功すればお金は儲かりますが、千年企業のような長い時間軸で継続することはできません。その意味では、ファミリービジネスのオーナーは会社を子孫代々に受け継いでいきたいのか、それとも今、利益を最大化したいのか、自社を経営する目的をきちんと考えて戦略を作っていくことが重要です。

――本書や千年企業というテーマに興味を持った方に、メッセージをお願いします。
伊藤 今回の研究で取り上げた企業は業種や企業規模はさまざまですが、どれも夢と希望を与えてくれるよい事例だと思います。もちろんネガティブな要素もありますが、千年企業には非常な長期間に渡って経営を続けてきた強さやしなやかさがあります。とくに経営者の方には、それを見付けていって欲しい。
 また、千年企業当主へのインタビューでは、とても面白い話がどんどん出てきました。ただし諸般の事情でそのすべてを掲載できたわけではありません。ただ、何らかのリサーチになると思いますので、いずれはそれも改めて皆様に紹介していきたいと考えています。

『千年企業の経営』書影 書名 千年企業の経営─経営時空モデルによる超老舗とグローバル企業の比較
伊藤清彦 著
出版年月日 2021/11/26
ISBN 9784561267553
判型・ページ数 A5判変型・176ページ
定価 定価2000円(本体1818円+税)