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『激動の時代のコンテンツビジネス・サバイバルガイド』書籍紹介ページ

はじめに──のめり込むように読んだ一冊

デジタル・ディスラプション、ディスラプティブ・テクノロジー、クリエイティブ・ディスラプション、といったカタカナ言葉を今日ではよく耳にする。破壊的な、というとネガティブな意味合いに聞こえるが、これをデジタル技術に基づく新たなビジネスモデルの構築や市場の創出につながる、という積極的な意味でとらえられるかどうかは、これまで業界で確固たる地位を築いてきた企業にとっては大きなチャレンジであるといえる。

従来からあるメディア、エンタテインメントの世界(以下、コンテンツ産業、具体的にはテレビ放送、レコード音楽、出版など)では、デジタル・ディスラプションに身構えた、どちらかといえば防御的・反撃的な発言が目に付く。テレビの例でいえば、「ソーシャルメディア全盛時代だと言うが、ツイッター上で最も多いコメントは、テレビ番組に関して放映中に、視聴者があれこれ発言する内容だ」とか、「オンライン上のターゲティング広告だけでは結局効果が出ない、やはりマスへの到達力と関心の喚起、認知向上には圧倒的にテレビが強い」というような内容である。確かにそうかもしれないが、テレビというメディアの優位性はあとどれほどの間、持つのだろうか。

コンテンツ産業論本書は、コンテンツ産業にとって不都合な現実と近未来の姿を科学的に明らかにし、その中にあって企業は今後どうすべきか、ということをアメリカの経営学者二名が共著者として、一般向けに読みやすい形で執筆したものである。評者にとっては研究書を読むことが仕事であるものの、面白くて読むのがやめられない、次に読む時間が取れるのが待ち遠しくて仕方ない、というような本に出会えることは、正直言って滅多にない。本書はそのような一冊であり、最初から最後まで蛍光ペンを引いたり印をつけながらのめり込むように読んだ。評者が2009年に発刊した『コンテンツ産業論』(2020年に改訂版発刊予定、書影・リンクは2009年版)の大改訂作業をする中でこの本に出会ったのだが、大変幸運なことだったと感謝している。

本書の概要──戦略立案の土台となる科学的で説得的な語り

デジタル通信技術と機器の発達がコンテンツ産業を大きく揺さぶっているという指摘自体は、業界内外の人たちにとって目新しくもなく、具体的には「CDが売れなくなった」「視聴率が稼げなくなった」という現象の原因として当たり前のことを言っているだけだと思うかもしれないが、本書はこれをより分析的に語っている。Streaming, Sharing, Stealing第1部はコンテンツ産業が1990年代ぐらいまでどのような仕組みで利益を上げてきたのかという経済学的な分析に、第2部は現在起きているデジタルシフトがもたらしている、コンテンツ産業にとっての危機的状況の分析に割かれている。そんなことは自分たちも分かっている、と軽く流す前に、またそれならば解決法は、対策は、と急ぐ前に、本書のこの2部をじっくりと読み、日常化した事象を抽象的なレベルで改めて整理し、理解すること自体に価値があると評者は考える。そうした理解があってこそ、各産業、各社個別の事情に応じた、今後への対応戦略を練ることができるからである(なお、原題はStreaming, Sharing, Stealing—Big Data and the Future of Entertainmentである)。

まず、(1)創造活動→(2)企画・編集→(3)制作→(4)宣伝・流通→(5)消費というプロセスが従来型コンテンツ産業の価値連鎖の基本である。ハリウッド・メジャーなどのコンテンツ産業は、この中の(2)から(4)までをビジネスとしており、クリエイティブな作品の原型を選別・編集・商品化してそれをマーケットに送り込む仕事である。第1部においては、従来のコンテンツ産業は上述のような価値連鎖において、2つの資源=支配力を持っていたことが強さの源泉であったと論じている。この二つの資源とは、(1)アーティストに対して、自分たちを通さなければ「商品化」はできず、市場で売れない、消費者に訴求はできないという交渉力と、(2)コンテンツを自分たちの都合のよいように市場に出していく力であり、規模の経済をもってメジャー企業はこれらをコントロールしてきた(なお文化社会学者Hirschは1971年の論文で、文化産業とは素材探しと商品化したコンテンツを市場に送り込むという2つの側面で「組織の境界線を拡げるものである」と表現していた)。こうした状況下、20世紀後半はコンテンツ産業にとってよい時代であり、消費者からの支払いと広告費を主要な収入源として、大きな利益を得てきた。特に「価格差別戦略」を使い、1つのIP(知的財産)を時間差でいくつもの媒体に好きなように展開して利益を最大化することもできた。同じ市場内で同業他社との競争は激しいが、このビジネスに入るには高い参入障壁が、(規模の経済により)自然に、あるいは規制により(放送の場合)存在していたことも幸いした。

しかしながら、1990年代後半にはデジタル技術の発達により違法コピーが大量に出回るようになったこと、さらに2000年代に入ってからは消費者がコンテンツを、自分の都合のよい時に都合のよいデバイスを使い自由に楽しみたい、数多くあるコンテンツから自分の好みのものを効率よく探し当てたいという欲求が強まり、これに応えるメディア、小売の場において独占・寡占的地位を築いたプラットフォーマー(アマゾン、ネットフリックスなど)、デジタル技術と機器が発達したこと、アーティストが先述の価値連鎖過程の全てに関与し自己プロデュースできるようになったこと、などの事情から、二つの資源に基づく市場支配力が弱まっている。その一方で消費者の好みとオンライン上の行動を直接的に把握して膨大なデータ量を蓄積しているプラットフォーマーは、コンテンツの制作にも乗り出して垂直的統合を完成させ、従来型のコンテンツ産業の牙城に迫っている。

Creative Industries従来型のコンテンツ産業にとっては危機的状況だと言ってよい。「顧客の購買行動を分かっているのは、コンピューター上のエンジンではなく、これまで彼らに作品を売ってきた我々だ」「人間の感性をデータで測ることはばかげている」「データなどというものに依存して価値ある創造的な作品をつくることなどできるわけがない」「ネットフリックスはたまたまヒット作を作れたかもしれないが、持続性はない」などと、データ資本主義を一笑に付すことはたやすい。何しろこれまで、Nobody Knows(どの作品がヒットするか、など誰にもわからない)は文化産業を特徴づける大きな要因の一つと学術的にも指摘され(例えばCaves 2000)、この不確実性を克服するため長い間、悪戦苦闘してきた業界である。しかし、本書(評者も同感である)は、このような現実を直視せず逃げの姿勢をとる危険を指摘する。

残る第3部(第10章、第11章)ではプラットフォーマーという異種のプレイヤーが頭角を現し、データドリブン経済の論理でコンテンツ産業をも覆う今日、どのような価値創造の仕組み―対象とする顧客にとっての価値を届け、彼らから支払いを得て利益を確保していくビジネスモデル―を確立していったらよいかが論じられている。

本書によれば、基本的には顧客のニーズを「直接」つかみ、彼らの興味・関心をうまくマネージする力をつけることが肝要である。具体的な1つの策としては、プラットフォーマー同様に、独自にあるいは他社と戦略的連携をとりながら、同じように垂直的に統合された(コンテンツの制作から流通・小売りまでを統合した)仕組みを作ることがあげられる。これは過去には、現在のビジネスモデルとの共食い関係になると忌避されてきた戦略であるが、今や避けて通ることはできない。特に顧客の属性、プロフィール、そしてコンテンツ消費行動(どのようなコンテンツを検索して、結局何をどの程度視聴したのか、といったこと)に関するデータを自ら把握し、それを最大限に活用するための技術と組織づくりが必須である。いずれも簡単ではないができないことではないはずだとして推奨されている。

既に述べたように、本書はコンテンツ産業のこれまでのビジネスモデルが何であったか、そこにどのような脅威が訪れているのか、そして個別には乗り切れるかもしれない波が、いくつも一緒になり大嵐となっていることを科学的データ、経済学・経営学の論文、業界のエピソードを引用しながら、説得力を持って論じている点に最大の価値がある。対応策が最後の2章だけであることに失望する必要はない。また、本書はアメリカのメジャー企業を念頭に書かれているが、わが国のコンテンツ産業にも大いに該当する内容であると思われる。例えば冒頭に例に出したテレビ放送業界や新聞業界も不動産等の資産を持つため、すぐに倒産することもなく生き延びているものの、広告主にとっては、日々高度に発達を続けるネット上のマーケティングと比較すると、マス広告は効率が悪く見え、媒体としての魅力は落ちており、今後の経営が懸念される。これに追い打ちをかけるようであるが、次に述べるように、もう一つ、コンテンツ産業に携わる人々が直視したくない事象がある。本書ではそれほど多くのページを割いて論じられているわけではないが、評者はこれもコンテンツ産業にとって大きな脅威だと考えている。

コンテンツの相対化─本書で触れられなかった脅威

それは、消費者におけるコンテンツそのものの本質的な価値(作品の質ともいえる)が相対的に重要性を失っているということである。何とか消費者にとって興味深い、クリエイティブな作品を作ろうと頑張っているコンテンツ産業の現場にいる人たちには残念な話だが、多くの消費者にとって、コンテンツの内容と提供方法が、人々の体験的価値、コミュニケーションツールとしてどれほど豊かであるか、ということに重要性がシフトしているのである(Bilton 2017)。コンテンツ産業の従来型価値連鎖は、プロであるアーティスト、クリエイターから流通機構を通じて一般消費者に向けてコンテンツが流れていくという一方向的・線形的な流れであったが、このあらゆる過程に消費者が関与して、その流れも左から右へというだけではなく、どこが始点、終点なのかということを超越し、循環するものになったと考えられる。プロのアーティスト、クリエイター、メジャーレーベルなどの存在価値がなくなったわけではなく、従来型価値連鎖も残るものの今や唯一無二のモデルではなく、循環型・消費者関与型の新たな価値連鎖の重要性が相対的に上がっている。

このように「消費者の経験を豊かにする」コンテンツの重要性が増していることは、裏を返すと、コンテンツ産業の流通業者より、さらに広くソーシャルメディアを提供しているグローバルなプラットフォーマーの影響力が拡大しているということに再びつながる。フェイスブック、アマゾン、グーグル等いずれのIT企業のサービスも、世界中から何億人ものユーザーを集め、ネット上で情報収集・発信、購買といった行為がなさればなされるほど、一般の企業にとっても非常に魅力的な、消費者のデータが収集される。そのデータとサードパーティー各社が保有する顧客データとを突き合わせると、相当に精度の高いターゲティング広告を打つことができるからだ。単なるバナー広告ではなく、そのユーザーの興味・関心に合致する企業・商品の広告が自然に流れてくれば、消費者が広告をクリックする確率は格段に高まる。そこで、ユーザー集めと彼らの滞留時間を長くすることがソーシャルメディア、プラットフォーマーにとって最大のポイントとなり、そのためにニュースや無料のゲーム、その他各種コンテンツが役に立つ。

まとめると、コンテンツは立派な作品づくりをして消費者にその価値を問うという形で「商品を販売」することから、消費者にとっての興味深い、または楽しめる「体験を提供」することにシフトしつつあること、そしてコンテンツは巨大プラットフォーマーにとって、ユーザーを引き寄せるための、ただの道具になりつつある、という二つの恐ろしい変化が起きているのである。これはコンテンツ産業の歴史上、類を見ない現象であり、コンテンツ産業の自立的なビジネスモデルが消失しつつあるのではないかとすら思える。本書が鳴らす警鐘を、どれほど深刻に受け止めても足りない今日である。各産業、企業が個別の事情に応じて創造的な解決に取り組むことを大いに期待したい。

〔引用文献〕
河島伸子(2009)『コンテンツ産業論』ミネルヴァ書房。
Bilton, C. (2017) The Disappearing Product. Edward Elgar.
Caves, R. E. (2000) Creative Industries: Contracts between Art and Commerce, Harvard University Press.
Hirsch, P. M. (1972) ‘Processing Fads and Fashions: An Organization-Set Analysis of Cultural Industry Systems’, American Journal of Sociology, 77, 4, 639-659.

河島伸子/かわしま・のぶこ
同志社大学経済学部教授、東京大学未来ビジョン研究センター客員教授(兼務)。PhD (文化政策学、英国ウォーリック大学)。専門は文化経済学、文化政策論、コンテンツ産業論など。著書に「コンテンツ産業論」、共著に「変貌する日本のコンテンツ産業」「イギリス映画と文化政策」「グローバル化する文化政策」Film Policy in a Globalised Cultural Economy (with John Hill [eds], Routledge, 2017)Asian Cultural Flows (with Hye-Kyung Lee [eds], Springer, 2018)など。文化審議会委員の他、国土交通省、内閣府、総務省等の委員を歴任する。
書名 激動の時代のコンテンツビジネス・サバイバルガイド
プラットフォーマーから海賊行為まで 押し寄せる荒波を乗りこなすために
著者・訳者・解説 マイケル D. スミス・ラフル テラング 著
小林 啓倫 訳
山本 一郎 解説
出版年月日 2019/06/26
ISBN 9784561227298
判型・ページ数 四六判・280ページ
定価 本体2500円+税