2023年07月20日(木) 、丸善丸の内本店様主催で
『チャイナ・エコノミー第2版』出版記念山形浩生氏×高口康太氏「中国のファクトとロジックを読み解き、世界の未来を占う」オンラインイベントが開催されました。
大変好評だった本イベントの話題のハイライトを、登壇された高口康太氏にレポートいただきました。
(登壇者紹介はページ末尾に)

「規模感」からつかむ中国の姿

高口康太(以下、高口):
日本にもいわゆる中国本は多いのですが、中国経済はまもなく崩壊するとか、逆にこんなにすごいとか、一部を針小棒大に取りあげている本が多くて残念です。この本は137のQ&A(本書詳細目次へリンク)で構成されていて、一冊で全体像を押さえ、しかもよく陥りがちな間違いにも先回りして回答しているという、なんともありがたい書籍です。

本書は第1版から専門家筋では高く評価されていました。山形さんもそのお一人です。オンラインならではですが、オランダからの登壇です。

山形浩生(以下、山形):
やはり中国はでかい。14億人が全部肉を食い始めたら大変だとか全体の話にすれば問題をいくらでも大きくできるし、逆に大変そうな課題でも一人当たりにするとたいしたことがないという話にもできる(笑)。

無茶な煽りは論外としても、中国に関する問題について規模感をつかむのは難しいのが本音です。本書はよく話題に上がるようなテーマについて、それぞれ規模感のわかる回答を示してくれているところがいいですね。バランスが取れた一冊です。中国は善なのか悪なのか、先行きが明るいのか暗いのか、白黒付けろ、と明確にしてほしい人には歯がゆいのかもしれませんが、まあ、世の中でグレーなことが大半なわけで、それを率直に描いているわけです。

高口:
規模感を描けている、この点については私もまったくの同意見です。私がうならされたのは、いわゆる“爆食中国”の問題です。「中国が世界を食い尽くす」という話がよく言われるわけですが、本書で中国人の摂取カロリーは3000kcal弱まで増えたことが示され、韓国はこの水準で天井となった。また、今後は高齢化が進展すると考えると中国人の食料消費量もそろそろ伸びが止まる、と。データと国際比較からこのままの右肩上がりは続かないと、スマートに喝破しています。

ピケティが描く「中国の格差」の相場観

高口:
ピケティの大ベストセラー『21世紀の資本』(出版社サイトへリンク)翻訳者である山形さんにはぜひ格差のお話をうかがえたら。

山形:

「第13章 格差と腐敗」で取りあげられている話題ですよね。俗に、中国の格差はどんどん広がっていて、どうしようもないところにまで到達した……と言われるわけですが、統計を見る限りそこまでではないのではと本書は指摘しています。

著者のトマ・ピケティも同じような話をしています。8月に邦訳が出版される『資本とイデオロギー』(山形浩生・森本正史訳、みすず書房。出版社サイトへリンク)には世界各国の格差を比較した図があります。

トップ10%が占める国民所得のシェアですが、ヨーロッパよりは大きいにしてもアメリカよりはマシだと(笑)。中国がすばらしいとまでは言えませんが、格差が拡大しまくってもうどうしようもないという状況ではない、とは言えるのではないでしょうか。ただしそれでも中国の格差と汚職については厳しい状況であることは否定することができず、范冰冰(ファンビンビン)を捕まえるくらいでは目くらましにならんぞと批判されています。その部分について中国から物言いがつき、中国語版ではそこを削除するのしないでもめたりしていました。

中国はイノベーション大国となることができるか?

高口:
「第14章 成長モデルを変える」にまとめられていますが、中国はともかく量を重視するステージから効率重視に切り替える必要がある。効率を上げる究極的な解決策はイノベーションだと強調しています。

中国が独自のイノベーションを生み出せるのか? この問いに対して、著者のアーサー・R・クローバーは否定的な見方を示しています。言論の自由や情報共有が抑え込まれている政治システムでは難しいとの見立てですが、本当にそうなのでしょうか。

イノベーションには知的財産の保護が必要、言論の自由が不可欠、だから中国には難しい。日本でも過去20年以上にわたり繰り返されてきたトピックですが、この間に通信のファーウェイ、EC(電子商取引)のアリババグループ、動画アプリ「TikTok」を生み出したバイトダンスなど中国の民間企業はきわめてユニークなビジネスモデルやプロダクトを生み出してきました。

山形:
イノベーションの話は難しいですよね。自由と多様性が必要と言われますが、では日本が一番元気だった高度経済成長時代のサラリーマンが多様性を持ってイノベーティブな仕事をしていたのかと言えば、そうではないわけですよね。私の父も、いわゆるドブネズミ・サラリーマン(ほとんどのサラリーマンが同じようなグレーのスーツを着ている様が「ドブネズミ・ルック」と揶揄されていた)の一人でした。没個性のサラリーマンたちが創造的なプロダクトを次々と世界に送り出していたわけです。

また、中国では政治的テーマに触れなければ自由に発言でき、だからイノベーションは可能なのだとも言われます。本当にそんなことが可能なのか、よくわからないところがあります。

ただ、一つ言えるとするならば、イノベーションとはやりたいからやるというよりも、消去法でこれしか選択肢がないからやるという部分があるのではないでしょうか。他国のマネをしてがんがん投資して、それで成長できるのならば楽なわけですが、その道を閉ざされたらならばイノベーションをせざるを得ないというわけです。

「債務の罠」の実態

高口:
最終章となる「第15章 中国と世界:対立は不可避なのか」は、まさに今一番ホットな話題とも言える国際関係を取りあげたものです。
中国と国際社会については、興味を引かれるトピックが数多くあるのですが、開発援助の専門家という顔もお持ちである山形さんには、ぜひ「債務の罠」問題についておうかがいしたいと思います。

途上国に対して、中国が野放図に融資したあげく返済が滞れば、インフラの利権を巻き上げるなど支配力を行使する。これが債務の罠と言われている話なのですが、本当に中国はそんな戦略を進めているのでしょうか。

山形:
まさに謎です(笑)。以前にガーナで仕事をしていた時に、中国が水力発電ダムを作りました。援助条件は恒例の非公開だったのですが、なんとカカオ豆で返済するという噂が流れまして。これが本当かどうか確かめてほしいと依頼されたことがあります。まあ、結局わからなかったのですが。

高齢化して競争力が落ちる将来を見すえて、カカオ豆でもなんでも資源を確保できる体制を今のうちに作っておこうと考えているのではないか。こういう見方もあります。半分笑い話のような形で噂されているのですが、意外に当たっている可能性もあるような気がしています。

あと、中国が援助した建設プロジェクトって、お金と技術を出すだけではなく、本国からごっそり労働者を連れてくるのですね。囚人を連れて来ているなんて噂まで立てられていましたが、ともかく安い賃金でよく働く。とりあえず中国人に雇用を作れ、その賃金が安いとか現地の法律がとかどうでもいい。そういう考えなのかもしれませんが、こうなると一口に援助といっても我々の考えている援助とはちょっと違うのかもしれません。

つまり、現金を返してもらえなくてもかまわない。なんか仕事を創れればOKだという発想です。憶測ではありますが、ちょっと異質さを感じるところです。その一方で、キューバ政府と中央銀行に対して、借金返せという裁判を起こしたりしています。「返さないなら言うことききなさいよー」といった支配力だけを目指して貸し込んでいるわけでもなさそうです。本当に単に審査能力がなくて貸し倒れているだけ、という可能性のほうが高いかもしれません。

ウクライナ戦争の影響

高口:
本書では、不確定な要素は多いとはいえ、米中の対立局面は継続するものの、米国がリードして既存の国際秩序を維持することをメインシナリオとしています。このシナリオが崩れる不安要因は中国というよりも、米国のやらかしが懸念される……というのも面白い見立てです。原著は2020年1月の出版で、トランプ前政権下での執筆というのも影響しているかもしれません。

山形:
ロシアのウクライナ侵攻前の出版なのですよね。あの戦争が世界の中国観に強い影響を与えたわけで、2023年に生きる我々から見ると、ちょっと穏当にすぎる見立てなのではと思うところではあります。

コロナとウクライナ侵攻というビッグトピックが盛り込まれていないのは確かに残念な部分ではありますが、それを差し引いても「一冊でよくもここまでまとめた」と評価できることは間違いありません。

高口:
まだまだ語り尽くせぬところではありますが、お時間となりました。繰り返しになりますが、多くのトピックが簡潔にまとまっていて、しかも驚くような指摘もちょくちょく入っているいい本だと思います。

山形:
そうですね。ぜひ第3版も続けて出してほしいと思います。順当に行けば2025年ぐらいになるのでしょうか。政治体制にせよ、経済体制にせよ、イノベーションの取り組みにせよ、中国は今、変革期のまっただ中にあるわけです。第2版はその現状をよく描いているわけですが、もう少し時間が経つと先行きが見えてくるでしょう。

1時間半のイベントでは、山形氏の本書の各章ごとの簡単なレビュー、高口氏が先日取材をされてきた、習近平氏肝入りの新都心開発計画「雄安新区」の様子、またグローバルサウスの雄として存在感を増してきているインドとの比較など、さまざまな切り口からいろいろな国の話題が話されました。さらに質問も多く出て、大変盛り上がったイベントとなりました。
このイベントを終え、今そしてこれからの世界を語る上で、中国について語ることが欠かせず、そのリファレンスとして本書が必須であると、改めて意を強くしました(担当編集T)。

〔登壇者紹介〕

山形浩生/やまがた・ひろお
評論家・翻訳家。開発援助関連調査のかたわら、科学、文化、経済からコンピュータまで広範な分野での翻訳、執筆活動を行う。著書に『経済のトリセツ』『新教養主義宣言』『要するに』『訳者解説』『プロトタイプシティ』『Linux日本語環境』(共著)ほか。訳書にケインズ『雇用、利子、お金の一般理論』、ピケティ『資本とイデオロギー』『21 世紀の資本』、クルーグマン『クルーグマン教授の経済入門』、伊藤穣一/ハウ『9 プリンシンプルズ』、ショート『プーチン』ほか多数。
高口康太/たかぐち・こうた
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国の経済・企業、社会、在日中国人社会を中心に執筆活動を続けるジャーナリスト、千葉大学客員准教授。『月刊文藝春秋』『ニューズウィーク日本版』「ニューズピックス」などに寄稿しているほか、「クローズアップ現代」などテレビ出演も多数。著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書、共著)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、『プロトタイプシティ』(KADOKAWA、共著)など。