担当 Felix Cheung氏

『香港 失政の軌跡』の原著は香港大学出版社から刊行された“A CITY MISMANAGED”です。
日本語版を出版するにあたり、この本の翻訳出版権購入の窓口をしてくれた香港大学出版社のFelix Cheung氏にメールインタビューを行い、この本に関する反響や、個人的思いを語ってもらいました。

────この本の反響はいかがでしたか?

英語版は電子書籍版を含んで約2400部売れて、私たちのベストセラーになりました。
また繁体字版は3500部売れています。日本の人口に置き直して部数を計算すると10万部売れている計算になりますね(笑)。(編注:繁体字版は香港と台湾で使われている中国語で、繁体字版が香港で概ね売れたものとして計算しています。)

────書評もずいぶん出ているそうですね。

紹介記事も含めれば、把握しているだけで14件の書評が出ています。先日、オーナーが逮捕され廃刊となった『蘋果日報』(アップル・デイリー)にも書評が掲載される一方で、建制派(親中)メディアにも掲載されました。また、学会誌でも複数取り上げられています。一般の人々の幅広い関心を引いただけでなく、研究者の方々にも関心を持ってもらえたことがお分かりいただけると思います。
特に英字紙のクオリティペーパーとして海外にも読者の多いサウスチャイナ・モーニングポスト(SCMP)、また繁体字紙で中立とされている『明報』には、書評と著者インタビューの両方が掲載されました。SCMPのもので、yahoo.comに転載されたものがネットで見られますのでご紹介します(2021/12/03閲覧可能確認)。
‘Gross mismanagement’ by Hong Kong’s four chief executives led to present city woes, author and ex-colonial policy adviser Leo Goodstadt says

────どのあたりが香港人に受けたのでしょうか?

香港大学出版社刊の英語版

原著のタイトルはA CITY MISMANAGED─HONG KONG’s STRUGLE FOR SURVIVALで、繁体字版は『失治之城─掙扎求存的香港』(編注:「失治之城」は管理不全の都市、ぐらいの意、「掙扎求存的香港」は、生き残りへもがく香港、ぐらいの意で、両方とも原題の直訳に近い)の ”survival” すなわち「生き残り」という言葉が、香港人には「香港は死んだ HongKong is dead」という政治的な議論を想起させて刺さったのではないかと思っています。

香港の知識人やメディアは、香港に何か良くないことが起きると「香港は死んだ」、「あるいは香港は死につつある」と言いがちです。しかしこの本では、香港返還以降の香港人による統治の課題を抉り出している一方、香港にはレジリエンスがあり、生き残っていけるのではないかという問題提起をしています。つまり香港人たちに、将来を見据え、私たちの問題が何なのか、また、何に取り組むべきなのか、納得感を持って考えさせてくれる議論が展開されています。

天窗文化集團刊の繁体字版

とくに、「生き残り」は、香港の現実の世界に生きる、日々、額に汗して働く人々に響いたように思います。この本は住宅問題や医療、教育など身近な暮らしに直結する問題を扱っているからです。

────日本では、中国の圧力と闘う、民主主義を求める香港、という構図でばかり、2014年の雨傘運動や2019年以降の苦闘が語られがちです。

英国統治下の最後の総督クリス・パッテンは返還前にこう言っていました。「私が心配しているのは,この社会(香港)の自治権を北京政府が無理やり奪うことではなく,香港の一部の人たちによって自治権が少しずつ放棄されうることである」。香港市民は、これまで起きてきた多くの難題は、必ずしも外部から持ち込まれたわけではなく、我々自身によって起こされたものだということをほとんど意識してきませんでした。パッテンの懸念は正鵠を射ていたと思います。

────最後に日本の読者へのメッセージをお願いします。

日本の読者のイメージでは、香港は華やかな観光都市であったと思います。しかし、本書を通じて、香港も多くの深刻な生活問題や政治問題を抱えていることが理解できるでしょう。2019年に大規模なデモが行われた理由についても、本書によってある程度説明できるのではないかと思います。香港全体で何が起きているのか、本書が、より地に足のついた香港理解の助けになると信じます。
英国人で、返還前の香港政庁の公的な役職にもあったグッドスタットによる本書は、香港を研究する人々-文化であれ経済であれ-には欠かせない本となるのではないでしょうか。
日本で香港のリアルな姿が理解され、さらに、日本の皆さんも苦闘しているさまざまな課題について考えるヒントを提供できればと願っています。

この本から伝わってくるグッドスタット氏の香港への愛は、非常に印象的です。この本を執筆したとき、彼はすでにアイルランドで教職についていましたが、香港の日々の暮らしにかかわるさまざまな問題をずっと心配していました。この本の中で私がもっとも心を動かされたフレーズは、「はじめに」の最後の段落です。

個人的には、香港の将来について悲観的になることはできないと考えている。香港の人々の政治的成熟度と社会的規律のおかげで、香港には生き延びるための条件が整っている。私は半世紀にわたり、政治的、経済的に最も危険な状況に直面した香港のレジリエンスを日常的に経験してきた。この社会で自分や家族、友人が危険にさらされていると感じたことは一度もない。

彼がもしこの文章を2019年の大規模デモ以降に書いたとしたら、同じ文章になったかは疑問ですが、しかしいずれにせよ、150年以上の歴史を持つ香港や香港市民への、彼の信頼や感謝が感じられるものとなったでしょう。香港に必要なのは「生き残る」ことであり、「死」ではないということを示していると思います。

(2021年11月1日、11月19日のFelix Cheung氏からのメールを元に構成)

書名 香港 失政の軌跡─市場原理妄信が招いた社会の歪み
レオ F・グッドスタット 著
曽根 康雄 監訳・訳
出版年月日 2021/10/06
ISBN 9784561913177
判型・ページ数 A5判・240ページ
定価 定価3300円(本体3000円+税)