山田 勇毅 『中国知財戦略』著者 日栄国際特許事務所 弁理士、外国技術部長、化学部門長 |
北京市知的財産権局がアップルに佰利公司(baili)の意匠権を侵害しているとして、iPhone販売停止を命令したというニュースが報じられた(例:CNN.co.jp記事、アメリカでは6月17日に報道)。アップルはこの判断に異議申し立てを行っており、現在北京の知的財産法院で再審議がなされているため、この行政命令は保留となっている。したがって、iPhone6は今のところ販売は継続されているものの、このニュースが報じられたニューヨーク市場では、アップルの株は一晩で2.1%下落した。
アップルが中国における知財紛争に巻き込まれたのは今回が初めてではない。2012年にはiPadの商標権の所有権を巡って広東省の唯冠科技と争って、6000万ドルの和解金を払ったことは記憶に新しい。それでも、アップルのビジネスにとって中国の巨大なスマートフォン市場を失うわけにはいかない。
そもそも、このような行政ルートによる知財訴訟の紛争解決は中国特有のものだ。中国特許法は、特許権侵害の解決手段として、裁判所(人民法院)による民事訴訟以外に、行政手続によることを規定している。特許権者は特許権(意匠、実用新案も含む)の侵害行為を発見した場合、中国の各省、自治区、市の知識産権局に侵害行為の停止を申請することができる。今回の事案は、佰利公司が北京市の知的財産権局にアップルのiPhone6のデザインが佰利公司の意匠権を侵害したと申請したものと思われる。
一般に、行政ルートによれば、裁判所による訴訟よりも、費用が安く、スピーディな解決ができるというメリットを有している。しかしながら、行政ルートは、損害賠償に関する強制力がない。また、当事者が処理決定に不服があり行政訴訟を提起した場合は、処理に要する時間と費用がさらに必要とされる。さらに、地方によっては行政機関の専門知識のレベルが低い、などのデメリットも指摘されている。このため、近年では行政ルートよりも裁判所による訴訟が選択される傾向にある。今回の場合、仮にアップルが負けたとしても申請された行政区域内のみの適用に限られ、また、アップルの北京知的財産法院への不服申し立てにより、裁判所による専門的で慎重な審理が期待される。
このように、行政ルートの命令はスピーディな代わり効力の及ぶ範囲が限られており、さらに最終的には、司法ルートでの決着が用意されている。
これまで、中国の知財リスクといえば、技術流出や模倣のリスクが中心であったが、中国企業による知財権出願の急増に伴い、模倣などによって取得された技術が中国企業により中国国内で権利化され、これに基づいて知財権侵害で提訴されるリスクが増大している。したがって中国市場でビジネスを展開するためには、技術流出の防止といったこれまでの中国知財リスクの対応と共に、中国における他社の知財権の権利化状況を監視し、侵害されている可能性がある場合は無効資料を収集するなど迅速な対応が必要である。このような新たなリスクを踏まえて、総合的な知財戦略を練り直すことが、中国市場でのビジネスの成否を分ける時代となっていることを示した事案である。
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