米中対立が激しさを増す昨今、日本の政府、そして経済界も、改めて中国との距離感を考える必要性が高まってきました。これまでは、世界平和の下で、グローバル化が進むことを前提にしていましたが、その前提が崩れかかっているからです。
世界第2位の経済大国となった中国が米国中心の国際秩序(パクス・アメリカーナ)に異を唱えるようになり、対する米国も中国を唯一の競争相手と位置づけ、フレンド・ショアリングと呼ばれる、同盟国・友好国に限定したサプライチェーン(供給網)を構築し、中国経済への過度な依存を是正する、デリスキング(リスク低減)を進めています。
日本と自由民主主義といった価値観を共有し軍事的に同盟関係にある米国が、中国を「非友好国」と認定することになれば、日本もそれに追随し、中国との関係を見直し、特に中国へのサプライチェーンの依存を大きく見直さざるを得なくなり、大きな経済的打撃を受けるでしょう。
しかし世界を見渡すと、中国から遠ざかろうとしているのは先進国など一部に限られます。しかも先進国の中でも、フランスやオーストラリアの対中強硬策は、米国のそれとは一味違っています。中国と特に関係の深い東アジアや東南アジア諸国では、中国との距離感を変えたくない国が大半です。米国側につけば、グローバル企業は中国にある工場を自国に移設してくれる可能性があるにもかかわらずです。その他の途上国を見ても、中国との良好な関係を維持したい国が大半で、米中対立に巻き込まれたくないのが本音のようです。
つまり各国には各国なりの国内事情があり、それを受けて対米関係・対中関係を構築しています。
そこで、日本が中国との距離感を再考する上では、世界各国と中国との距離感を掴んでおくことが重要となります。
日本が米中両国との距離感を調整する際にはもちろん、米中対立がのっぴきならなくなった際に、米国陣営に与して中国陣営とは距離を置くにしても、あるいは米中両国の橋渡し役を試みるにしても、世界各国と中国の関係に関する知見があれば、各国の論理を踏まえ、各国と力を合わせるチャンスが広がります。
筆者は、世界各国の対中国戦略に関心を持ち、長年研究してきており、その蓄積を元に本書を執筆することにしました。
本書は4つの部と結語という構成となっています。最初の第1部では、そもそも中国はどんな国なのか、地理や歴史、経済などの観点から国家としての概況を簡単に確認した上で、中国から見ると世界はどう見えているのかについて解説します。
中国は、その政治体制の違いから日本人にはわかりにくく、また、日本における中国に関する報道も、米国、あるいは西側諸国の価値観に則ってなされることが多くなっています。私たちはどうしてもそのバイアスの下で中国を見てしまいがちですが、短い間に驚異的な経済発展を遂げ、国民からも一定の支持を得ている中国の内在的な論理を理解することが、今後の世界秩序を考える上で極めて重要です。
そして、それに続く3つの部では、世界から見ると中国はどんな国に見えているのかを俯瞰していきます。第2部「西洋諸国と中国」では米国や欧州など、国際政治において指導的立場にあり、経済的にも豊かな西洋諸国にとっての中国を俯瞰していきます。
第3部「近隣アジア諸国と中国」ではインドネシア、ベトナム、韓国、インドといった、中国と地理的に近く歴史的な結びつきが深い国々を取り上げます。
第4部「その他の国・地域と中国」ではブラジル、ロシア、中東諸国、アフリカ諸国を取り上げます。
そして結語では、以上の分析を踏まえ「米中新冷戦を防ぐために、日本は何をすべきか?」を考えます。
世界各国と中国の関係を解説するにあたっては、可能な限り、米国との関係と対比させています。米中対立下における対中国戦略を考える上では、対米関係と対中関係を比較衡量することが、世界のどの国にとっても重要です。この点では、著者のグローバルな投資運用経験や米国駐在経験が大いに役立ちました。そして日本との関係も合わせて記述し、日本としてその国をどう考えるかの手がかりとしています。
また本書は、類書より経済面に多く着目しています。地政学的な緊張の高まりを背景に、中国への過度な経済依存を正すデリスキングや、サプライチェーン(供給網)のレジリエンス(強靭化)など経済安全保障への関心が高まったこともありますが、何よりも、政治面の対中国戦略と、経済面のそれには温度差があり、その違いを認識しておくことが不可欠です。
例えば、米国政府は2022年10月に先端半導体の対中輸出を原則禁じましたが、米半導体企業はその規制基準に抵触しない製品を開発し中国に輸出するようになったため、米国政府はさらに規制範囲を拡大しようとするなど、政府と経済界はいたちごっこを展開しています。
また経済界の意向を受けて政府が対中スタンスを変えることも少なくありません。例えば、2023年4月に開催された主要先進国の経済界の集まりであるビジネス7(B7)では、「経済と安全保障が表裏一体となっている状況に鑑み、貿易投資を通じて国際平和と安全を脅かす国に特定の機微技術が転用されないよう対処することが不可欠である」とした上で、「安全保障上の理由で規制対象とする品目は必要最小限に限定すべきである(Small Yard High Fence)」と提言しました。
これを受けて同年5月に広島で開催された主要先進国(G7)首脳コミュニケでは、中国との関係において「重要なサプライチェーンにおける過度な依存を低減する」としたものの、デカップリング(分断)ではなくデリスキングだとして、経済界の意向に一定の配慮を示しました。そして、世界の経済界の要人は、規制対象外の中国ビジネスでチャンスを掴もうと相次ぎ訪中することとなりました。一方で、「チャイナ・プラスワン」により、中国以外の国に事業を分散させるなどしたたかに行動しています。
このように対中国戦略は、政府と経済界が相互に影響し合いながら形作られていくものなので、いっときの政府の公式見解をそのまま真に受けるのは危険な面があり、その背後にある中国との経済関係を十分把握した上で、今後の方向性を読み解いていく必要があります。
米中対立で世界が分断の危機に直面する今、日本が中国とどう向き合うかを考える上では、世界ひいては地球的視野でとらえることが重要です。さまざまな国の米中対立への対応を把握し、私たちがどのように関わっていくのかを考える一助となることを願っています。
著 | 三尾幸吉郎 著 |
---|---|
出版年月日 | 2024/10/26 |
ISBN | 9784561961420 |
判型・ページ数 | A5・328ページ |
定価 | 本体3636円+税 |