クリスティンより

父にカミングアウトをしてから2,3 日経つと,父は,娘の私に「なあ,グウェン・ステファニーって,結構いいと思わないか?」と言いだしました。それを聞いた私は,すぐに顔が真っ赤になり,溶けてしまいそうなほど体が熱くなりました。もう誰にも,話なんかしないですむように,カーペットの下にもぐりこみたいとまで思いました。父とかわいい女の子の話をするなんて,その頃にはまだ心の準備ができていなかったので,何だか気まずくなったものです。ところがしばらく経ってみると,ありのままの自分でいることがだんだん心地よくなってきました。そのときのやりとりが,違った意味を持ち始めたのです。父はただ,私と話すきっかけがほしかったのですね。そして,「父と娘との絆」を深めるために,人気スターの話題を選んだのだと思うと笑ってしまいました。この話は,親たちにカミングアウトすることを考えてはパニックに襲われるような人には必ず,笑い話として紹介しています。

A.   大事なのは,どうすればいいか分からなくても,まったく問題はないということです。カミングアウトは,子どもだけではなく,親であるあなたにとっても,旅の始まりなのです。それまでには思いもよらなかった,いろいろな疑問が突然湧いてくることでしょう。ゲイの子どもを持つとはどういうことなのだろう? 子どもの将来の幸せは? 自分の両親だってどう思う? 自分はもう孫を抱くことはできないのか? このような最初に抱く疑問については,第2 章,第3 章,第4 章で詳しく取り上げていくことにします。成長とか変化とかを経験するときには,たとえ心構えができていても,ぎこちない,居心地の悪くなるような瞬間はやってくるものなのです。10 代の子どもを持つと,何の苦もなく導いてやれるとは限らない,さまざまな問題と向き合うことになります。セクシュアリティとか,デートとか,アイデンティティとかの話題も,最初の数回はなかなか話しづらいことがあるだろうと思います。こうした会話は,自分の子どもがゲイだということになったら,ますます避けたくなってきます。けれどもここで大切なのは,気まずい思いをするのは,ごく普通の反応だということです。自分の娘の女友だちを「特別な人」と口を滑らせたり,息子にウィンクしながら,「あの男の人,いいじゃないの」と言ったら,それが実は科学の先生だったということがあったりするかもしれません。けれどもこんな出来事も,クリスティンに起こった「グウェン・ステファニー事件」と同じように,あとになってみれば笑い話になるでしょう。

 さて,ぎこちない瞬間が必ずしも家族にとっての転機となるわけではありませんが,ここで大切なのは,言うべきでないことを言うべきでないときに言ってしまうかもしれない,と気に病むことはないということです。あなたはこれまで,ただの一度もゲイの子どもの親だったことはなかったのです。つまり,まったく未経験の出来事に遭遇しているのです。親として,生後3 カ月の赤ちゃんの世話をすることだって,幼稚園に入る子どもの面倒をみることだって,初めてのダンスパーティのためにアドバイスをしてやることだって,そのときがやってくるまでは経験していなかったはずです。親であるということは,初めての経験の積み重ねであり,時にはつまずくことも,くじけることもあるでしょう。また親であるということは,変化をしながら成長し,経験から学ぶということでもあります。困ったり,腹が立ったりしたときでも,あるいは,ゲイの人気スターの名前と,キャンプのときに娘と一緒だった子の名前とがごっちゃになって笑われたときでも,あなたは間違ったことをしていないと心に留めておいてください。あなたたち親子は,これからも発展し続ける関係を,2 人で築いていくのです。

 子どもとの対話で,まずはぎこちない瞬間を克服することが重要です。その次には,この新しい状況で,思い切って子どもに話しかけてみてください。カミングアウトする前には「誰々が好きなんでしょ」と言ったり,「歯医者に行くのに水玉模様の蝶ネクタイなんて」とからかったりするような間柄だったら,その関係を保っていくことが大切です! 自分の息子がほかの男の子を好きになったと知ったとして,以前からそういう声のかけ方をしていたというのなら,「で,ジョンて子は,ただの友だち? それとも『お・と・も・だ・ち』?」と言って,ひじでわき腹のあたりをこづいてやっても全然構わないのです。気まずいかもしれませんが,ここで伝えようとしているのは,何があってもあなたが自分の子どものことを大切に思っていること,そして,思ってもみなかった相手とつき合うようになったことで親子の関係が変わるかもしれないと,心配しないでいいということです。あなたたち親子が,あまりはっきりとものを言い合うような関係でないのなら,いつもと違った態度をとらなければという重圧を感じることはありません。子どもとしては,親には変わらずに接してほしいのです。子どものセクシュアリティによって,親子の交流の根本的なあり方に影響が及ぶことはありません。

 あなたの子どもは,カミングアウトしたあとでも,考え方や感じ方は変わってはいないのだ,ということを忘れないでください。もちろん,子どもたちが自分のアイデンティティを心地よいと感じることで,興味の対象が変化することはあるでしょう。でも,着る物や,聴く音楽や,行動が変わったからといって,何年間も愛情を注いできた自分の子どもであるという事実が帳消しになることはないのです。もっと余裕をもって,自分を見つめ直し,手探りでも前に進み,自分の意に反して場違いなことを言うのではないかと恐れたりしないでください。変化に対して適応しようとしているのですから,努力してコミュニケーションをとるようにすればするほど,すんなり適応していけるでしょう。この旅をどうやって始めたらいいのか分からないという人は,クリスティンの方法を拝借して,自分の子どもに,「(ここに人気スターの名前を入れてください)をどう思う?」と聞いてみるのもいいですね。

『LGBTの子どもに寄り添うための本』内容紹介詳細目次・立ち読みへのリンク