A. 端的に言うと,「性的指向」というのは,どんな相手に魅力を感じるかということ。「ジェンダー・アイデンティティ」とは,一人の人間としての自分を意味しています。恋愛対象でも,性的な関係でも,魅力を感じる相手の性別が性的指向を決定するのに対して,ジェンダー・アイデンティティは,自分を自分らしくしてくれるジェンダーによって左右されます。ある人にとっては,ジェンダーとはどちらかを選ぶ経験です。生まれたときには女の子だったのが,自分は男であると認識し,それに従って変わる人がいます。またある人にとっては,ジェンダーはさまざまな要素によって複雑に構成されているものであり,アイデンティティは二者択一で決まるのではなく,さまざまな要素の意味を探求することによって決まるものなのです。「男」か「女」か,という枠組みを越えて2 つのジェンダーを組み合わせたものや,常に変化していくものとして,アイデンティティをとらえていることがあります。多くの用語が出てきますが,どれも「トランス*」の形にまとめられる用語です。この「*(アスタリスク)」は,コミュニティの中にさまざまなアイデンティティや理解のしかたが存在することを示す印です。よく使われる用語や定義をいくつか紹介しましょう。ただし,これらの用語は,使われる場面や,使う人が言わんとすることによって意味が変わってくることも忘れないでください。

シスジェンダー
 生まれたときに割り当てられた性別と,自分が社会的,感情的,肉体的に認識している性別とが一致しているジェンダー・アイデンティティ
(自分は男性だと認識している生物学的な男性はシスジェンダーの男性ということです)。

ジェンダーフルイド
 ジェンダーが流動的な状態にあること。自分の意識として男性と女性の間を揺れ動いている状態。

ジェンダークィア
 ジェンダーの表現やアイデンティティが,生まれたときに割り当てられた性別と一致するジェンダーと,完全には合っていない人,あるいは,ジェンダーは,「男」か「女」かではなくて,もっと複雑なものと考えている人を示す包括的なアイデンティティ。日本では性的少数者やLGBTと同義で用いられることが多い。

トランスジェンダー
 ジェンダー・アイデンティティが,生まれたときに割り当てられた性別と合っていない人を示す語。

 ジェンダー・アイデンティティによってのみ性的指向が決定されるわけではありませんし,性的指向がジェンダー・アイデンティティに直接影響するわけでもありません。ひととなりだけで好みが決定することはないし,好みによってひととなりが決まってしまうわけではない,多様だということです。時折,ひととなりと好みとが重なり合うことがあっても,特定の,予測可能な,ありふれた事象ではあり得ませんね。ジェンダー・アイデンティティと性的指向についても同じことが言えます。一方に基づいてもう一方が決定されることはないのです。

『LGBTの子どもに寄り添うための本』内容紹介詳細目次・立ち読みへのリンク