中国経済への日本を含む西側諸国の経済・ビジネス上の関心が、それまでとは違うスケールで高まったのは2001年の中国WTO加盟がひとつの契機だったと言えるだろう。しかしながら、政治から経済・ビジネスまで西側諸国とは異なる制度や慣行が支配し、多面的な複雑さを持った中国経済の理解をめぐって両極端な見解が語られてきた。
中国経済の急速な勃興と巨大なビジネス・チャンスを語る意見が強まった一方で、中国共産党による一党独裁・権威主義的な政治体制と自由な市場経済の矛盾、固定資本形成に依存し過ぎた高度経済成長がやがてバブル崩壊的な破綻を招くという警戒論・破綻論も繰り返し語られてきた。双方の両極端な見解はそれぞれ中国経済の現実の一面を捉えながらも、十分に包括的ではなかった。
過去30年に及ぶ中国経済の勃興と、今直面している不動産・建築バブルの崩壊現象を見るに、上記の両極端の見解が強調した諸要素は、対立関係というよりは実は補完的関係にあると言うのが真相に近いように思える。
本書は、こうした矛盾した要素を抱えながら複雑で多面的な中国経済を理解する上で、価値の高い良書と言えるだろう。著者のアーサー・R・クローバー氏は香港の金融調査会社、キャブカルのリサーチヘッドとして長年中国に関する調査・情報サービスを提供してきた人物だ。同氏は米国ニューヨーク大学のスターン経営大学院でも非常勤講師を務めるなど、中国本土サイドの視点と欧米的な視点の双方を理解できる複眼的な視点の持ち主であり、上記の課題を追究するのに実に適しているようだ。
日米欧の先進諸国から技術と資本を導入しながら急速に成長した中国経済が、不動産・建設バブルの崩壊に直面し、そこに人口構成の少子高齢化への移行が重なり、1990年代の日本とやや類似した経済成長率の下方屈折局面にあることは、今や著者を含む多くのエコノミスト、識者のほぼコンセンサスであろう。問題はこの分岐点にある中国が今後辿る経路がどのようなものになるかである。
本書全体の構成は、第1章「中国が重要な理由」、第2章「中国の人口と地理、歴史」、第3章「中国経済と政治のかかわり」、第4章「農業と土地と農村部の経済」、第5章「産業と輸出とテクノロジー」、第6章「都市化とインフラ」、第7章「企業システム」、第8章「財政システム」、第9章「金融システム」など、途中までは一見、一般的な概説書であるかのような見出しになっている。
今後の中国がどうなるかというある意味で差し迫った問いへの何らかの手がかりや回答を求める読者にとっては、こうした章構成は婉曲過ぎるように感じるかもしれない。ところが、前半のこれらの章で著者が提供する各種の知見が、本書後半では伏線となって生き、後半の章、とりわけ第13章「格差と腐敗」、第14章「成長モデルを変える」、第15章「中国と世界:対立は不可避なのか」では、今まさに中国と世界が直面している切迫した諸問題の構図の理解に繋がっている。
もちろん未来は不確実であり、中国が今後数年間でどのような選択をするか次第で、さらに経済成長率の一段の低下や西側諸国との関係緊張化という方向に暗転するか、あるいは国内的にも対外的にも何らかの安定化に向かうか、今後辿るコースは大きく異なってくる。その点について著者は断定を避けながらも、今後中国で起こり得る事態を正しく理解するための知見を提供していると言えるだろう。
竹中正治/たけなか・まさはる 龍谷大学経済学部教授(アメリカ経済論、国際金融論)、京都大学博士(経済学) 1979年東京大学経済学部卒、同年東京銀行入行(現三菱UFJ銀行)、為替資金部次長、調査部次長、米国ワシントン駐在員事務所長、(公益財団法人)国際通貨研究所チーフエコノミストなどを経て09年4月より現職。毎日新聞社週刊エコノミスト、トムソン・ロイター社コラム、講談社現代ビジネス、ダイヤモンドオンラインなどへの寄稿他著書多数。 [近年の主要著書] 「米国の対外不均衡の真実」晃洋書房、2012年。 「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」光文社、2013年。 「資産形成のための金融・投資論~黄金の波に乗る知の技法~」Kindle、2020年10月。 |
書名 | チャイナ・エコノミー第2版 |
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著 訳者 解説 |
アーサー・R・クローバー 著 東方 雅美 訳 吉崎 達彦 解説 |
出版年月日 | 2023/06/16 |
ISBN | 9784561911401 |
判型・ページ数 | A5・408ページ |
定価 | 本体2727円+税 |