サンフランシスコのようなダイバーシティ(多様性)に富む街を訪れたり、暮らすと、メインストリームと異なる多様な文化・思想・ライフスタイルに接触し、また、自由と寛容の雰囲気を味わうことができます。
 メインストリームと異なる文化や思想は、イノベーションの源泉であり、ダイバーシティに富む街は、新しいアイディアを生み出す強い力を持っています。
 一方、日本ではイノベーションの必要性が叫ばれてきていますが、日本の街にはサンフランシスコのようにダイバーシティがないように感じられます。

 ダイバーシティに富む街をつくりあげるには、まちづくりにおいて地元関係者がイニシアチブをとることが不可欠です。このことこそが、サンフランシスコの研究を通じて痛感したことです。
 公的機関は、その時代の支配的な思想や文化、ライフスタイルに従って意思決定する傾向があり、地域の独特な文化やライフスタイルを十分に理解しているとは必ずしもいえません。地域の特徴を最も理解し、また、それを維持し発展させたい住民や企業家、活動家が政策の策定に参加することが、本書の第6章で紹介しているレルフの提示した、「本物の場所」をつくりあげるポイントでしょう。

 近年、日本では、観光客を呼びこむことによって、衰退した市街地や商店街を再活性化しようとする取り組みが、多くの自治体で積極的に推進されるようになってきました。地方自治体は手厚い支援を提供し、歴史建造物、伝統産業、伝統芸能、映画・ドラマ・アニメのコンテンツなどの資源を利用して観光客を惹きつけようとしています。しかし、現状を見ると、継続的な効果を上げている都市はあまり多くありません。

 このような結果を招いた原因として、自動車を優先する地方都市の交通政策という外部要因があるものの、地元関係者のコミット不足も大きいと考えています。
 確かに中央官庁や自治体が主導し、補助金に依存するまちづくりによって、往時の町並みを再現したり、人気ドラマに合わせてイベントを開催したりすることはできます。

 しかし、地元関係者の参加がないままでつくりあげられる街は、本書の第2章で取り上げた、中国系アメリカ人アーティストLeland Wong が取材の時に語った「中身のない貝」のようなものです。「中身のない貝」となったワシントンD.C.やサクラメントのチャイナタウンは、観光スポットとして魅力を失いました。日本においても、「中身のない貝」のような街は、一時的に話題を呼んで観光客を集めることができるかもしれませんが、観光客を惹きつけ続けることは困難でしょう。

 私の書いた『チャイナタウン、ゲイバー、レザーサブカルチャー、ビート、そして街は観光の聖地となった』が、地域の活力低下に問題意識を持つ市民たちが街のアイデンティティを見つけ、街の活力を取り戻す一助になれば幸いです。