『ファミリービジネス白書【2018年版】』に収録の「はじめに」を全文転載しています。

海外ではファミリービジネスこそ国の経済産業を支える主役であるという認識が一般的で,ファミリービジネスは当然のように自らを誇りにする。まして,三代,四代と続くファミリービジネスは,地域経済を長期にわたって支えてきた誇りと自覚が高く,祖先から代々続く長寿ファミリービジネスとしての歴史を会社資料館や家系図などで高らかに明示している。わが国は長寿企業大国として海外での認知度が高まり,その長寿ファミリービジネスに対する海外における評価は日本人が驚くほど高い。その評価は,まさに本書『ファミリービジネス白書2018年版』が示す各種の特徴に根差している。

私事になるが,筆者はノーベル平和賞受賞者2人と近年会う機会を得たが,2人とも長寿企業大国としてのわが国を高く評価している。まず,米国元副大統領アル・ゴア氏と2014年9月にFBNジャパンの招待で会見した際,筆者は創業以来100年以上存続する長寿企業がわが国には25,321社存在し,世界中の約35%を占めると説明した。そして,世界中が現在強く求めている持続的成長型ビジネスモデルが長寿企業に見出せると強調した。その理由は4つあり,第1に「三方よし」に見られる社会公益志向,第2は利害関係者との長期的相互信頼性,第3は身の丈経営,第4は地球上の有限な資源の無駄遣いの排除である。ゴア元副大統領は,長寿企業大国としての日本に大きな敬意を表した上で,筆者の主張に賛同し,強い握手を交わした。

お会いした2番目のノーベル平和賞受賞者はモハメド・ユヌス博士である。博士はグラミン銀行創立者としての功績だけでなく,ソーシャルビジネスの提唱者としても評価が高い。ユヌス・ソーシャルビジネスには7つの要件がある。その最大のポイントは事業性と社会性の両立にあるが,これこそわが国長寿企業の真髄であるのは,ゴア元副大統領に説明したとおりである。ユヌス博士との会談は2017年2月,長寿企業と「三方よし」並びに二宮尊徳の思想に共鳴する九州大学の岡田教授の仲介で実現した。わが国にはユヌス博士の支持者が経営者を含んで多数存在し,筆者も共同プロジェクトの立ち上げを期待している。そうした今後の発展を願って,ユヌス博士と長く固い握手を交わした。

長寿企業に対する高い評価と注目はノーベル平和賞受賞者に限られていないのは勿論である。2017年5月末,韓国済州島で第12回済州平和フォーラムが開催された。世界69ヵ国から4,000余名が集まり,ポルトガル,モンゴル,インドネシア元大統領,ゴア元米国副大統領ら要人を交えて,広範なテーマで全体会議並びに分科会が開催された。その中で,日本からの参加者が主役を務めたのは公益資本主義及び長寿企業の分科会であったが,このふたつのテーマは相互に深く関連している。わが国では当然とされてきた「社会の公器」志向こそ公益資本主義の本質であり,長寿企業が社会性を重視してきたからこそ長寿企業大国日本がある。

次に,アジア諸国からの熱い注目に簡単にふれておこう。2016年初以来,ASEAN諸国から経営者が来日し,わが国ファミリービジネスの経営戦略と事業承継を学習するプロジェクトが毎年開催されている。主催は経済産業省を主務官庁とする一般財団法人海外産業人材育成協会(AOTS)である。ベトナム,インドネシア,スリランカ,パキスタン,インドなどから,大手上場を含むファミリービジネスの経営者が訪れ,代々事業承継を重ねて100年以上続く長寿企業の秘密を吸収しようと極めて意欲的である。中には親子,兄弟同士,夫婦などが一緒に参加するファミリーも少なくない。

最後に,殆ど国内報道されていない中国からの熱い眼差しであり,中国経営者の多数来日である。背景要因はふたつあり,第1はASEAN諸国と同じく事業承継の学習である。中国で民営企業が復活したのは1978年の改革開放,すなわち鄧小平が主導した市場経済への移行以来であり,多数のファミリービジネスが初めて事業承継する時期に直面している。第2は,中央政府が提唱する「工匠精神」すなわち職人精神の学習である。2016年3月5⽇,李克強首相が中国の第12期全国人民代表大会(全人代,国会に相当)第4回会議で史上初めて言及して以来,工匠精神の模範例をスイス,ドイツそして日本に求めるニュースがインターネット・バイドウ(百度)を駆け巡り,工匠精神は10大流行語にも選ばれた。同年12月には翌年の経済基本方針を定める重要な中央経済工作会議を中国共産党が開催した。習近平主席の演説では,まず2017年の経済成長率を6.5%前後と定め,実質経済を振興する主な施策のひとつとして工匠精神の発揚,国際レベルのブランド並びに百年企業の輩出を強調した。

このような海外での高い評価とは対照的に,日本国内でのファミリービジネスに対する評価は依然として低い。自らファミリービジネスと名乗ることを躊躇する傾向が根強いが,海外では,その一国経済を支える役割が認識され,自らも先祖以来の代々承継は誇りとしている。この彼我の温度差は是正されなければならず,また是正の可能性は十分ある。是正要因のひとつに,ファミリービジネス研究の高揚がある。同研究は米国で1959年に始まり,1980年代に著名大学に普及した。その後を欧州各国が追い,アジア諸国で研究が始まったのは今世紀初頭である。わが国ファミリービジネスは研究対象の宝庫であり,海外では日本からの研究成果を強く期待している。そして,海外における同研究の盛況が国内の研究者と学会への刺激となり,ファミリービジネス学会の2008年設立と並行して,関連テーマの学会発表及び博士号授与も増加傾向にある。

ファミリービジネスに関わる諸団体も着々と前進を重ねている。ファミリービジネスネットワーク(FBN)・ジャパンは2002年に創設され最も歴史が古い。ファミリービジネスの経営者及び後継者を中心とする世界組織FBNの日本支部であり,世界中の1万名を超える会員との国内外での交流を推進している。日本ファミリービジネスアドバイザー協会(FBAA)は2013年に設立され,弁護士,会計士,税理士などを含むファミリービジネスアドバイザーを既に100名余り輩出している。両者共催による2017年暮の「ファミリービジネス特別講演会」では500名を超える参加者がファミリービジネスの永続性に向けた世界の潮流を熱心に学び,同分野の前進を象徴するものとなった。

こうした背景下における『ファミリービジネス白書2018年版』の上梓は極めて時宜を得たものであり,その重要性を関係者一同と共に深く再認識している。「ファミリービジネスは経済産業を支える主役」と題する筆者の記事が日本経済新聞に大きく掲載されたのは2008年8月,今から10年前であった。静岡県を対象としたサンプル調査で全企業の96.9%がファミリービジネスであるだけでなく,同県の勤労者の77.4%がファミリービジネスで勤務している事実が確認された。まさに,「経済産業を支える主役」の名に恥じない重要な存在であり,沖縄県を対象とした実態調査でも同様であった。当時は,「異端の経済学」としての位置付けではあったが,既に10年を経て,いまだ海外との温度差はあるものの,現在では一般世論そして関係する複数の学会においても,ファミリービジネスに対する認識と注目は関係者多数の努力もあり,着実に上昇している。

本書は『ファミリービジネス白書2015年版』発刊以降の2年間における,上場企業を中心としたわが国ファミリービジネスの概要を多角的に把握できるよう意を用いた。ファミリービジネスの定義ならびに業績分析など主な分析手法は前書を基本的に踏襲している。読者がファミリービジネスの最新の状況を短時間で理解したいのであれば,前書と独立してお読み頂いて差し支えない。関心の高い読者には,ぜひ前書と併せて読んで頂き,2010年以来7年間にわたるファミリービジネスの業績などを時系列的に把握されるよう強くお勧めしたい。

本書の新基軸は次の3点である。第1は,株価パフォーマンスの分析である。ファミリービジネスの一般企業に対する業績優位性が,どのように株価に反映されているか,これは証券・金融機関も大きな関心を寄せるテーマであろう。初めての試みであるが,非常に興味深い分析結果が出ている。第2は,経営者の経歴などが業績に与える影響の分析である。ファミリービジネスの業績優位性を分析する視点として,前書でも簡単に触れたが,今回は本格的な分析を試みた。第3は,ガバナンスの視点を本書全体の重点とした。特に,第3章はファミリーガバナンス並びにコーポレートガバナンスに関する特集とした。第1節ではファミリー影響力の長期的低減傾向と意識的な維持努力,第2節では事業承継能力とコーポレートガバナンス,そして第3節では内部対立と企業価値の毀損を取り上げている。これらの新基軸は,いずれも重要な知見を提示しており,読者の学術的並びに実務的な関心に十分応えるものと自負している。

『ファミリービジネス白書2018年版』の上梓は,ファミリービジネスの重要性,業績優位性並びに事業承継など直面する諸課題の緊急性に鑑みて,今こそファミリービジネスを全国民的テーマとして世論の高揚に寄与したいと念願する関係者一同の想いの結晶である。その概要は第1章に要約しており,読者は第1章を全体の羅針盤としてそれぞれ関心ある箇所を掘り下げて頂ければ幸いである。また巻末には関連する詳細データを付しているので,必要に応じて参照されたい。

本書は学術的水準の維持に努めつつ,ファミリービジネス関係者など広範な読者層を意識して,読み易さには可能な限り配慮した。関係各機関を含む多くの実務者による活用,また大学における講義用テキストとしての使用などにより,社会的価値が発揮されるよう期待している。万全の注意を期したが,もし読み難さ及び誤記などがあれば,ご指摘頂ければ幸いである。

本書の上梓にあたり,(株)白桃書房には大矢栄一郎社長はじめ多数の関係者に大変お世話になった。原稿提出が当初の日程を大きく遅延する中で,多大な無理をかけたにもかかわらず,献身的努力を頂き,この場を借りて深くお礼申し上げたい。また,常日頃より大局的な立場で激励とご指導を頂いている(株)紀伊國屋書店の高井昌史代表取締役会長兼社長にも深甚の謝意を表する次第である。
本書は,日本学術振興会科学研究費補助金(基礎研究(C),課題番号15K03713〈上場企業における同族企業の比率と業績への影響にかんする研究〉,研究代表者落合康裕)の研究成果の一部である。

本書において,個人名は原則として敬称略に表記を統一している。あらかじめ御了承頂きたい。

監修責任者  後藤俊夫
日本経済大学大学院特任教授

書名 ファミリービジネス白書【2018年版】
100年経営とガバナンス
著者・訳者 ファミリービジネス白書企画編集委員会 編
後藤 俊夫 監/落合 康裕 企画編集
荒尾 正和 編著/西村 公志 編著
出版年月日 2018/05/16
ISBN 9784561267126
判型・ページ数 A5・300ページ
定価 本体3,500円+税
出版社 白桃書房